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拝啓、北国より(4)

 ロヴァニエミの初日をベッドの中で過ごした俺たちは、怠さの残る身体をそのままに朝を迎え、今回の旅の売りの一つでもあるらしいサンタクロース村へと足を踏み入れていた。ぞろぞろと引き連れられて連れられてきたサンタクロースの元で何枚かの写真を撮ってもらって、データの入ったカードを買った。舞島はそれを買うことはせず、チラリと俺を見て「半額払うから、データ後で送って」なんて言って。二人で写った写真の、二枚目を俺は手に入れたのだ――サンタクロースも写っているから、スリーショットではあるけれど。その後も、ツアーのルートなのだろう北極圏の境とか、北極圏到達証明書だとか、郵便局だとかに連れられて、俺たちはそれなりに楽しみながらも俺は早く自由時間にならないかなんて事だけを考えていた。ツアーで引率されるのは楽でいいけれど、同じ日本人が連れられて歩く行進は少しだけ気詰まりで。舞島も同じ事を思っているのだろう。いつもの無表情で、その瞳は冷めてしまっていた。ここに居る人々の中で、俺だけが舞島が羽織るコートやシャツの下に数多の赤い華が散っている事を知っている。表情をあまり動かさず、普段は口数も多い方ではない彼が、どうやって俺を誘い甘い声を上げるのかも、俺しか知らないのだと。昨日の彼を思い出しながら彼の横顔にチラリと視線を投げた。舞島のじとりとした視線とかち合えば、彼は呆れたように笑みを浮かべて「スケベな顔してるぞ」と周りに聴こえない程度の声を投げてくる。「バレた?」俺が笑えば「そりゃぁな」と彼は視線を外す。舞島の視線の先では、ガイドが次の集合場所と時間を告げていた。ようやく、待ちに待った自由時間がやってきたのだ。 「引率はいいけど、こういうのがかったるいからほぼフリープランにしたんだけどな」  肩を竦めながら集団からいち早く抜け出した舞島の隣で俺は笑う。「どうする? 北極圏、もう一回行っとく?」俺の問いに、彼は少しだけ視線を揺らして「郵便局」と答えた。「折角の思い出作りだ、ポストカードの一枚くらい送っておいて損はないだろ」重ねられた言葉に、俺は「じゃぁ、お互いに送らない?」と提案する。俺の提案に一言だけ彼は言葉を返すのだ。「乗った」舞島の一言を合図に、俺たちは郵便局へと足を向けたのだ。 「これだけ色んなのあると、迷うよなぁ」 「ほぼサンタ一色だろ……これはもうクリスマスの暴力だぞ」  郵便局内に並ぶ色とりどりのポストカードを選びながら、俺が感想を口にすれば舞島は少しだけげんなりした様子で言葉を返す。サンタクロース村にやってきてクリスマスの暴力と口にする彼に思わず笑ってしまった俺に、彼は「年がら年中クリスマスだったら身が持たないだろ」なんてそれらしい事を口にする。この村の存在意義を切って捨てた舞島が選んだのは、暗闇に浮かぶ光の帯が美しい写真のカードだった。素直にクリスマスカードを選んだ俺に「またベタなものを」と笑った彼は「お前、新居の住所覚えてるか?」と問う。彼の問いにこの先俺が暮らす東京の住所をメモした携帯の画面を見せれば、彼はその画面を見つめたままで丁寧な筆跡でポストカードにペンを走らせていく。住所を全て書き写したらしい彼は、俺に携帯を戻そうとする。そこで俺は気付いてしまった。俺は、舞島の住所を知らない。「俺も舞島の家、知らないや」間の抜けた俺の言葉に彼は笑って「そういやそうか」と俺の携帯をそのまま手慣れた動作で弄っていく。俺の元に戻された携帯の画面には、俺が住む予定になっている東京の住所の他に一つの文字列が増えていた。「それ、ウチの住所」投げられた言葉に頷いた俺は、その住所をポストカードへと写していく。舞島が残してくれたその文字列を消すことが躊躇われた俺は、こっそりとそのメモ画面をそのまま保存した。 「舞島は何て書いたの?」  俺がせっせとポストカードの余白に文字を詰め込み終わった頃、彼は写真の面を表にしたポストカードをテーブルの上に置いたままで俺を見つめていた。俺の言葉に小さく笑った彼は「秘密」とだけ言葉を零す。「届くまで楽しみにしとけよ」苦笑混じりの彼の言葉に、それもそうかと頷いて。俺たちはポストの前に立つ。一つは普通に届くポスト、もう一つはクリスマス頃に合わせて届けてくれるらしいポスト。どちらに入れればいいだろうと少しだけ悩んでいた俺を横目に、彼はクリスマス頃に届く方のポストの中へとカードを落とす。「そういうとこ、実はロマンチストだよね」彼に倣うように同じポストへカードを落としながら、俺は舞島を笑って。彼も小さく笑みを浮かべたままで「そういうのじゃない、多分」なんて肩を竦めるのだ。  サンタクロース村を後にして、昨日見て回れなかった街中を少しだけ散策すれば再び訪れる集合時間。十二時間、九百キロの道のりを俺たちは汽車に揺られる。俺たちに与えられた二人部屋は二段ベッドのようになっていて、ジャンケンの結果で舞島が上、俺が下のベッドを使う事が決まる。食堂車を求めて車両を探検したり、目敏く喫煙場所を見つけた舞島が心底嬉しそうに煙を吐き出したり、ようやく辿り着いた食堂車でビールを飲んだり。そこそこ楽しい時間を過ごせば、夕暮れ時の薄明も消え失せて窓の外は闇に包まれていた。 「なおとぉ」  ビール一杯で完全に酔いが回った俺は、部屋の中でドア一枚隔てた先でシャワーを浴びる舞島を呼んでいた。そんな俺の声はドアの向こうの彼に届いたのだろうか、腰にタオルを巻き濡れた髪のままでドアから顔を出した彼は「どうした?」と首を傾げながら俺に問いかける。彼の肌には、昨日俺が残したものが散らばってて。「うわぁ、目に毒」なんて俺は思ったままの事を口から零す。「……お前が付けたんだろうが」少しだけ拗ねたように唇を尖らせた彼の言葉に尤もだと頷いた俺に「ビール一杯でそんな酔ってんのかよ」と呆れたように息を吐く。「直人みたいな大酒飲みと一緒にしないでよ」俺の反論に「ハイハイ」なんて雑な言葉を返す彼は、服も着ずにシャワールームからこちらへとやってくる。「服、着てないだろ」アルコールだけじゃない頰の熱を感じながら俺が彼に言葉を飛ばせば、彼は「いつも見てるだろ」なんて何でもない事のようにそのまま俺の前でタオルすらも取り去ってそのまま服を着ていった。「……情緒が死んでるの……?」思わず零した俺の言葉に、彼は「情緒よりも合理性だな」と何でもない事のように肩を竦めた。「俺の俺が元気になっちゃうじゃん……」そんな俺の文句を笑い飛ばした彼は、元気になり始めた俺の中心に視線を落とす。艶かしく口角を上げた彼は「じゃぁ、責任は取らないと」なんて口にして、なんの躊躇いもなく空気に晒した俺の中心へと唇を落としたのだ。「直人……っ」思わず溢れる俺の声に、彼は俺を呑み込む事で答える。本当に精を絞り出す為だけに行われていたその行為は、彼の喉奥に俺の先が嵌まり込んだ所で呆気ない終わりを迎える、口と手で、的確かつ手早く俺の精を絞り出した彼は、それをそのまま消化器の奥へと流し込んでいく。「――ごちそーさま」小さな咳と共に口端だけで笑みを浮かべた彼は、それだけを口にして慌てて股間を隠す俺が腰掛けるベッドの上にある彼の寝床へと戻っていった。そして俺の頰は相変わらず、アルコールだけではない熱が抜けずにいた。

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