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拝啓、北国より(5)
十二時間の汽車の旅は、眠っている間に終わりが近づいていた。ぼんやりと明るくなった外に身を起こせば、俺の手首に巻かれたままになっていたアイアンアニーはそろそろ目的地であるヘルシンキに辿り着く時刻を指していた。「おはよ」
俺よりも先に起きていたらしい舞島は、俺が起きる音が聞こえたのか上のベッドから梯子伝いに降りてきて。昨夜最後に彼を見た時に着ていた寝巻きから、既に普段着へと着替え終わってた舞島は「俺、タバコ吸ってくるからお前はシャワー浴びて降りる用意しとけよ」と言い残して部屋を出ていく。相変わらずのマイペースを貫く彼に少しだけ笑ってから、彼は俺が起きるまでの間部屋を出ずに待っていてくれた事に気付く。きっと彼にとっては自然で、何気ない事なのだろうそれに気付いた俺は、彼が俺にくれる愛を知る。――きっと、相手が俺じゃなかったら、起きて着替え終わったらすぐに部屋を出てただろう。自惚れかもしれないけれど、俺はそれを愛だと思ったのだ。俺にとっては、それだけで、十分だったから。俺は彼への気持ちを言葉にして、行動にして示すけれど、彼はそういう事をあまりしてはくれなかった。時折彼から溢れる少し温度の低い愛の言葉だけでも、俺は嬉しく感じていたしそれ以上を求めて拒絶される事も怖かった。それでも、彼が見せる行動の端々に、俺を想ってくれているように感じる素振りが増えていく事が、それだけで俺を幸せにしてくれた。そんな俺の些細な幸せを祝福するように朝陽が窓から差し込んできて――俺は慌ててシャワールームへと駆け込むのだ。喫煙所までの長い往復距離と、タバコ一本分の時間で、身支度を済ませなければいけない事に気付いたからだ。
ヘルシンキに滑り込んだ汽車を降りた俺たちは、ロッカーに荷物を突っ込んでから腹ごなしだとでも言うようにカフェに駆け込んで。結局お互いあまり眠れなかったらしい事もあって、妙なテンションになっていたのだ。観光地がオープンするまでの時間を、そのカフェでカフェインを補給して、サンドイッチを腹に詰め込む。そうして俺たちは今まで通り過ぎた牧歌的な町とは異なるアールヌーボー建築が立ち並ぶ街へと繰り出したのだ。
「こういうの見ると、外国って感じだよな」
小さな欠伸を噛み殺しながら、舞島は危うくロッカーに放り込みそうになっていたカメラで街の風景を撮っていく。俺は舞島のぼんやりとした感想に同意しながら、そんなカメラを構える彼の後ろ姿をこっそりとスマートフォンの画面へと閉じ込めていた。風景を撮るフリをしながら、その画面に収めた舞島の姿は思った通りに絵になっていて。すらりとした長身に、丈の長いモッズコートを羽織る彼の後ろ姿は雑誌の広告にも紛れてそうだった。はしゃいでいるのだろう彼の隣に並べば、俺の視線よりも数センチだけ高い位置にある彼の耳元を飾るいくつもの金属が陽の光を鈍く反射する。そんな俺の視線に気付いたかれは「どうした?」と首を傾げる。「相変わらず格好いいなと思って」言い訳のように言葉を返せば「――そりゃぁ、どうも」と笑みを零した彼は、俺の頬へと口付けを落とした。
「――な、」
彼の突然の行為に、言葉に詰まった俺へ「旅の恥はかき捨てってな」なんて揶揄うような口調で笑って。寒さのせいだけではない頰の熱に、俺は舞島の背を叩きながら無言の反抗を示す。そんな俺の行為なんてものともせずに笑う彼は、ドラマのワンシーンを演じる俳優みたいで。俺たちは、まるで映画かドラマの世界に紛れ込んだかのように、ヘルシンキの街を駆けていった。
「――さすがに、疲れたな」
俺たちがようやく腰を下ろしたのは、十五時チェックインで飛び込んだホテルの部屋で。ベッドに倒れ込んだ舞島はボソリと言葉を零す。夜中も止まる寝台列車の硬い寝床ではよく眠れなかった上に、殆ど徹夜明けのテンションみたいにヘルシンキの街を駆けた俺たちは殆ど限界に達していて。荷物を置いて、上着を脱げば、二人してベッドに飛び込んだのだ。舞島の冷たい指が、俺の指に絡まるように触れる。俺は、その絡められた指をそのまま握って。互いに冷えた指先を温めるように、強く――弱く、強弱を付けて指先を絡めて握りあいながら、睡魔の限界を迎えた俺たちは絡めた指をそのままに昇りきらずに沈み始めた太陽が差し込む部屋の中で、電池が切れたように眠ったのだ。
身体に感じた違和感に俺が目蓋を上げた頃、窓の外は既に翳りを見せていた。太陽は既に地平線の彼方へと消えているのだろう。太陽の名残だけが、空を淡く染めていた。「……舞島?」俺が感じた違和感の正体は彼だった。一糸纏わぬ姿で俺のジーンズに指を伸ばしていた彼の名を、寝惚けた声で口にすれば彼は艶然とした笑みを浮かべて何も言わずに俺の前を寛げる。下着の薄い布越しに、つぅ、となぞられる彼の指を感じた。「……っ」戯れのように、しかし確実に俺のものを刺激する彼の指に息を詰める。言葉もなく俺を求める彼の指と熱を帯びた彼の瞳へ交互に視線を送れば、彼は笑みを浮かべたままで俺の名をその形のよい唇から零すのだ「ひろや」彼の白い肌は窓辺から差し込む茜色に染められて、彼の指先は大胆さを増していた。「くれよ」俺のものを握るように、強さを増した彼の指先と共に彼は小さな声で俺を求める。俺の上に跨りながら、俺のものを刺激する彼の中心は既に兆しを見せていて。腹筋だけで身を起こした俺は、焦点が合わないくらい近くにある彼の瞳をじっと見つめる。既に熱を帯び、その瞳は雄弁に俺を求めていた。「――いいよ」いつも彼が小さく笑って口にする言葉を、俺は口にして。俺は自らのシャツを脱ぎ捨てる。ゆっくりと、触れるだけの口付けから、深く互いを味わうようなものへと変わっていくキスは、タバコの苦味が残っていて。部屋の中では、俺と彼の舌が絡む水音だけが響いていた。
「ん……っ、はぁっ……ひろ、や……」
食み合う唇の隙間から、甘い吐息と俺の名を呼ぶ彼は、下半身を纏うジーンズも下着も脱ぎ捨てていた俺の屹立と自身のものを擦り合わせていて。熱を持つ屹立よりも体温の低い指先の冷たさを感じた。少しの隙間もできないように、肌を重ね互いに片方の手は相手の背に回してきつく抱きしめあった俺たちは、幾度となく互いの口腔を貪りあっていた。舞島の口蓋を舐れば、彼はその背を震わせて。それに返すように彼の舌は俺のものを舐め上げた。舌先だけをすり合わせて、その面積を増やしていく。俺が教えた口付けで、快感を得ていく彼の姿は扇情的で。「――ふ、」快感に粘度を増した唾液が、細く長く俺と彼の間を繋いでいた。「直人、積極的じゃん」少しだけ揶揄うようにそう口にした俺に、彼は色を含んだ声で「――さいごだしな」と口にした。今夜は、異国の地で過ごす、最後の夜だった。明日の今頃には、俺たちは機上にいるのだろう。旅の名残を惜しむように、彼は俺の唇へと再び深い口付けを贈ってくれる。キス自体が、もはやセックスのように感じていた。俺はもっと彼と深く繋がりたくて、二人分の体液を飲み下しながらも指は彼の入り口へと伸ばしていた。「ん、」俺の指先を迎え入れるように腰を少しだけ上げた彼の行為に、愛おしさを覚えながら俺は彼の入り口をゆるゆると撫で上げる。もどかしい刺激に揺らされた腰は、俺を誘い込んでいて。彼の入り口の皺の一筋まで愛するようにその入り口を撫でた俺は、彼自身が用意したのだろうローションで既に滑りを帯びる中へと指先を差し入れた。
「――ぁ、」
小さな悦びの声を上げる舞島は、俺の背にしがみ付くように回された腕に力を込めていて。俺はそんな彼の反応の一つ一つに嬉しくなっていた。「ひろやぁ」甘えるように俺の名を口にする舞島の黒く潤んだ瞳は、彼のどんな場所よりも雄弁に俺を求めていて、そんな彼の喉元に俺は唇を落とし赤い華を小さく咲かせる。「好きだよ、直人」改めて口にした俺の言葉に小さく笑みを浮かべた舞島は、その瞳から雫をぽろりと零しながら「俺も」と小さく震える声で口にする。俺の鎖骨辺りに噛み付くようにキスをした彼によって、そこには小さな痕が残された。「好きだ、直人――愛してる」バカみたいに何度も好きだと告げていく俺に、彼の涙は溢れていく。舞島の頬を伝う塩気のあるそれを舐めとって、俺は彼の中を広げるために挿し入れていた指を抜き出した。
「はやく、」
急かすように耳元で囁いた舞島に、俺は笑って俺自身を彼の後孔へと押しつける。指よりも熱を帯びている屹立が、彼の入り口を擦れば彼は嬉しそうな声を上げていた。彼の中を味わうようにゆっくりと挿し入れられていく俺のものは、彼の胎内で歓迎されるように熱い肉襞に包まれていって。「――ぁあっ、」一際高い嬌声を上げた彼は、俺を締め付けながら俺の上で腰を震わせていた。「――は、ぁ……おっき……」感じ入ったように甘い声を落とす彼の中を割り広げるように、俺のものは硬さを更に増していって。彼の腰を掴み突き上げたものは、彼の最奥を目指すのだ。「ひろや、っあ――あ、きもち、ぃ……っん…っ」甘い声で、たしかに気持ちがいいと、そう口にした彼の唇を貪る。快感に緩んでいたのだろう口元からは唾液が伝い、俺は金属に飾られた彼の両耳を塞ぎながら彼の奥を目指し、彼の口腔を犯す。ボロボロと溢れ続ける彼の涙まで混じり合って、少しだけ塩気のあるキスの味は俺に興奮を与えていた。――窓の外は、すっかり夜の闇に沈んでいて、外の灯りと月の光に照らされた舞島の肢体はただただ美しい彫刻のようだった。そんな美しい男を快感に蕩しているのが自分である事に、どこか優越感を感じながら、俺はこの時間が終わらないでいてほしいと。強く願っていた。
「っぁあ――いって、る……イってるからぁ……っ」
少し長くなった黒い髪を振り乱しながら、白濁を零す事なく高みに上り詰めそのまま降りれなくなってる彼は俺の抽送を止めようと俺の肩を握っていて。爆ぜそうになっていた俺のものを抜こうとすれば、彼の脚が俺の腰に力強く絡んでくる。「や、」快感に染められた彼が口にするのは、支離滅裂な願いで。「中でいい――孕ませて、」俺が何度彼の中に出したって、彼の願いは叶える事なんて出来なくて。非生産的なこの愛の行為は、その瞬間の繋がりしか叶えてはくれないのだ。「――出るっ」低く呻いた俺の声に、俺にしがみ付く彼の肢体は快感に震えていた。「――もっと、いっぱい……くれよ」荒い息の合間に告げられた彼の言葉に、硬さを帯びたままの俺は彼をシーツの上へと押し倒す。「もっと、やるよ。――孕むくらいに」自然と 口から溢れた言葉に、彼は涙を流しながら笑みを浮かべる。それは、慈愛に満ちた聖母のようだった。
「――っぁ、あっ、っく、……っ、」
激しさを増していく抽送に、彼の声は俺の動きに合わせるように漏れ出ていって。嬌声と嗚咽が混じり合ったような彼の声と俺のものが動く度に鳴らされる淫猥な水音が部屋の中に響く。ベッドの上で俺を見つめる彼の瞳は溶けてしまいそうな程に涙を流していて――その涙が快感によるものなのか、それとも別の何かによるものなのか、その時の俺は判断することができなかった。
「っ、――はぁ……洋哉の、でてる」
何かを産むなんて叶わない薄い胎を撫でながら、彼は上気した頰を染めながらうっそりと笑みを浮かべて俺を見つめる。彼自身のものは勃ちあがったまま震えていて。先端からは白濁混じりのものが溢れてはいたが、吐精はしていなかった。「ドライで何回イった?」彼の胎で爆ぜたものを搾り取るように蠕く彼の中は、きつく締め付けられていて。彼が幾度か絶頂へと上り詰めている事は分かっていた。これまで一度も出せずにいた彼の屹立を指でなぞれば、彼は甘い吐息を小さく吐き出す。「わからない」びく、と身体を跳ねさせながらそう答えた彼に俺は「そろそろ前でもイこっか」と声を掛け、彼の中心を俺の手で扱き上げる。恐らく日本人の平均以上はあるだろう彼の形のよい屹立は、俺の手の中でびくりと幾度となく震えていて。――本来、女の胎の中へと挿入り注がれる筈だったそれは、舞島の胎の上へと放たれた。自身の白濁で汚された彼の腹筋に、その欲の象徴を広げるように撫でれば彼の腰は更なる快感を得ようと揺れ始めて。力の緩んだ舞島の足は、俺の腰から離れていた。
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