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ある筈もない、幸せな(2)

「自分で脱いでくれないんだ?」  掴んだ手首をそのまま引いて、男が俺を連れ込んだのは彼自身の寝室で。ベッドと棚、それに机だけのホテルの部屋のようにシンプルな部屋で、彼はベッドに腰掛けながら自身のシャツのボタンを開けながら俺へと問う。彼の前で立ったままの俺に、彼の欲を孕んだ視線が刺さった。男に見せつけるように、ゆっくりと脱ぎ捨てたシャツは俺の足元へと落ちて。ジーンズに靴下、そして下着までを脱いだ俺は、一糸纏わぬ姿で男の前に立つ。俺の視線と、彼の視線の焦点が合った気がした。「いい身体してるね、それは――君の男が付けた痕?」品定めをするように俺の身体を見詰めた男は、俺の肌に未だ薄く残る痕を指摘する。「――だったらどうした」そう言い捨てた俺に、「エロいなって思って」なんて小さく笑った彼は、自身の下半身を纏う布を剥ぎ取っていく。その中心では、既に男のものが鎌首を擡げ始めていた。「アンタだって、自分の息子を見ておっ勃ててる変態だろ」彼のものを一瞥し、そんな言葉を口にすれば彼は何が愉しいのかけらけらと声を上げて笑う。「そういうとこ、りっつーそっくりだよね」母親を引き合いに出して笑う彼を睨みつけた俺に、男は笑い声を上げるのを止めて、整った相貌に笑みの形を貼り付ける。 「おいで――どうするかは、分かってるだろう?」  碓氷のものよりもグロテスクなそれに引き寄せられるように、俺は床に膝をつき彼のものへと指を伸ばす。両の指で擦り上げた彼のものは次第に硬さを増しながら熱を帯びていった。そのまま、彼の先端へと口付ければ生臭い精の――雄のにおいが鼻腔を掠めていく。俺の口の中をいっぱいに支配するその肉棒は、俺の頭に添えられた男の手が力を増す事で喉奥へまで突き入れられた。「ぐ、……んぅっ……」奥の奥まで男のものが這入りこみ、俺の口腔を――喉の奥までをも蹂躙する。男が嗤う声が、頭上から降ってきた。「喉でも、咥え込めるように躾けられたんだねぇ」苦しい中でも拒む事なく喉の奥を開ける俺に、男はどこか愉しそうに声を落とす。「っ、は……」ずるりと抜かれた剛直には、粘度を増した俺のものと――恐らく彼自身がこぼし始めた先走りが混ざり合ってテラテラと光っていた。「躾け、られたんじゃ……ない……」酸欠で荒くなった息を整えながら、俺はようやくそれだけを告げて男の言葉を否定する。「男が男のものを咥え込めるように、身体を作り替える事なんて――躾以外の何者でもないじゃないか」不思議そうに首を傾げる彼は、愉しげな笑みを貼り付けたままで言葉を重ねる。「男を知らない女に、自ら男を咥え込むようにさせるのと何が違うんだ?」きっとそれは、母の事を言っているのだろう。否、この男の事だ。母以外にも似たような事をした相手はごまんと居るのかもしれない。「――しつけじゃない」あの日々は、決してそんなものではなかった。確かに俺は碓氷に身体を作り替えられたのかもしれない。それでも、決して彼が俺を躾けてそうなった訳ではないのだ。再び男の言葉に否と答えた俺に、彼は少し考えるように俺を見詰めて呟く。 「――それじゃあ、それはもう恋だ」  俺に現実を突き付けるよう、彼はきっぱりとその言葉を言い放つ。そうだ、恋なんだよ。「そんな事、とうに知ってる」震える声で虚勢を張った俺に、彼は小さく笑って「振られて傷心って訳か」なんて口にする。その言葉に俺はゆっくりと首を横に振る。「俺が、手離したんだ」今度ははっきりと、真っすぐに男へ告げた言葉に彼は少し驚いたように瞳を開く。「アイツを、縛り付ける事なんて、出来なかった」ゆっくりと重ねた俺の言葉に、彼は嘲るように笑い声を上げる。「恋なんて所詮エゴイズムだよ。その彼を手離したくないというのもエゴイズム、それに――それを自己犠牲で手放して捨てていくのだって、君のエゴだ」俺を傷つける為だけに言葉を操るような男の声に、俺は目蓋を強く閉じ耳を塞ごうとする。俺の手は、男の手に捕らえられた。「慰めてあげるよ。直人くん、君は……優しくされたい? それとも、酷くされたい?」身を屈めながら俺の耳元で囁いた男は、俺の耳朶に連なる金属ごと肌を舐めあげる。その刺激に身を震わせてしまった俺は、それでも俺に向けて胡散臭い笑みを貼り付ける男へと言葉を返した。 「酷くしてくれよ」  優しくなんて、されたくなかった――碓氷の事を、思い出すから。  俺の手首を掴んだままだった男は、俺を立たせてベッドへと放る。抵抗しようと思えばできるくらいの力でベッドに沈められた俺は、それでも男に対して抵抗する事など考えてはいなくて。碓氷が残した痕を上書きするように一つ一つ丁寧に――しかし噛み付くような烈しさを持って男は俺の肌に痕を残す。男の手は碓氷より荒々しく、冷たかった。それでも俺の身体は男から齎される快感に反応して、中心は熱く擡げ始め――尻に潜む性器となっていた孔は男を求めていた。「浅ましいね、君が嫌っている筈の男にいいようにされて――気持ちよくなってる」俺の矜恃を丁寧に壊すような言葉を敢えて選んで口にする男の与える刺激に、俺の喉は甘い嬌声を漏らし背は快感に逸らされる。それでも俺は、必死で男を睨みつけて反応しているのは身体だけだと言外に男を否定していた。この男に縋ったのも――誘ったのも、俺だというのに。「ひろや……」思わず溢れた碓氷の名に、男はピクリと眉を動かす。「流石にベッドの中で他の男の名前を呼ばれるのは、嫌なんだけど?」それでも笑みは崩さない彼は、俺の耳元で囁く「伊織って、俺の名前を呼んで求めれば――めちゃくちゃにしてあげる」熱い男の欲が、俺の入り口に擦り付けられていた。この男の名を口にして、その男根を求めれば――俺はもう、あの日々には戻れないのだろう。けれど、求めなくたって、もうあの色鮮やかな日々には、戻れない事など俺は知っていた。碓氷の手の痕が残った首元へ、男は笑いながら手を掛ける。そんな男の首元へ両腕を巻き付けた俺は、少しでも男の目にいやらしく見えるように腰を揺らし男を誘う。「――いおり」男の名を口にして俺は欲を隠して笑みを浮かべる俺の遺伝子を構成する片割れである男の瞳を見つめる。 「いおりの太くて大きいの、俺のイイとこにぶち込んでよ」 「――よく出来ました」  男が言葉を零した瞬間、彼の剛直は俺の菊座を割り広げていった。殆ど慣らしもしていない――準備さえしていない俺の中に、彼のものは薄い膜すら使わずに中へと突き進んで行って。早急で烈しい抽送の痛みに俺は悲鳴を上げていた。それでも肉襞は男のものを悦んで咥え込んでいき、前立腺を――その奥までを犯す彼の刺激に確かに快感を感じていた。「っ、たぁ――あっ、あ――ッ」口から零れていくのは甘い嬌声に変わっていた。ミチミチと、自分の形を覚えさせるように奥まで突き入れたそれは、俺の中からゆっくりと這い出して再び勢いを付けて奥を拓く。碓氷のものとは違う、それこそ躾けるような男の動きに俺は泣きながら喘ぐ。痛くて苦しくて――けれど確かにそこには快感があって。虚しい快楽に溺れながら俺は男の唇を求めていた。俺は父親である筈の男が与える快感に弄ばれて、精を吐き出す事もせずに頂点へと達する。びくびくと身体中が痙攣を繰り返し、俺は何も考える事が出来なくなっていた。ただ、胎の中で脈打つ男の熱に熱い息を漏らし、全部忘れてしまいたいと――男に誘導されずとも、俺は男を求めていた。「もう恋なんてしない」と叫びながら。

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