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第1話 細雪

 瀞(せい)が、桂紆(けいう)と会ったのは、細雪の降り頻る如月の朝。  城壁に囲まれた王宮の中庭。静謐の中。薄氷の池に舞っては落ちる淡雪。戯れに眼を游がせたその先に、すっくと伸びる梧桐(あおぎり)を見上げる堅き背中があった。  しっかりと上げた頸と広い肩、空と雪との際に佇ずむ精悍な男。  「もし、そこなお方......」  先に声を掛けたのは瀞(せい)だった。振り向いた男は、一瞬驚いたように眼を見張ったが、にこりともせず、深く頭を下げた。  「失礼を致しました。」  足早に立ち去ろうとする男を呼び止めたのも瀞(せい)だった。  「お茶でも如何ですか ?、お寒いでしょう」  「お気遣い痛み入ります。お気になさらず......」  美しい男だった。彫像のような整った顔立ち......造りのはっきりとした目鼻、上品な口元、颯爽とした身のこなし......。瀞(せい)は、一目で惹かれた。  「そう仰せにならず、徒然(つれづれ)なのです。暫しお付き合いいただけませんか?」  瀞(せい)が乞うとー、男は遠慮がちに歩み寄ってきて密やかに言った。  「帝の女御が、徒し男にお声掛けなどしてはなりませぬ」  瀞(せい)は、瞬時、眼を丸くしたが、ははは.....と破顔した。  「私は女御ではありません。名を蔣季瑛といい、この宮に居候せる者......」  言うと、男は忽ちのうちに跪き、深く礼をした。  「此れは大変な失礼を。先帝の御子にてあらせられましたか。」  瀞(せい)は小さく頷き、走り寄ってきた嵬(かい)に茶の用意をさせた。  瀞(せい)が自室に招き入れた男の名は桂紆(けいう)、外つ国の者で使者に随行で来たところ......という。    「お使者さまは?」    瀞(せい)が問うた。茉莉花の香りが冷えた空気を和らげる。  「亡くなりました.....。」  瀞(せい)は、はっ......とした。父の帝の跡を継いだ叔父は暴君で、力で帝の位をもぎ取った。  瀞(せい)の兄達は、臣下の叛乱に合って亡くなり......歳の離れた、幼児だった瀞(せい)だけが生き延びた。  今は、謀叛を唆した男が玉座の隣に立って、政(まつりごと)を取り仕切っている。  苛烈で陰湿な策士、范央。叔父の帝は後宮に入り浸り、酒色の虜になっている。  范央は外つ国を嫌い見下し、酷い扱いをしているという。  「まだ、私には御沙汰はありませんが......。」   桂紆の国の使者は、范央の難題を遂げられず、毒を飲まされ殺された。  「我が君を質になど、出来ませぬ......。」    桂紆の頬に、一筋、滴が伝った。  

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