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第4話 暮雪
桂紆は、瀞(せい)の言葉に従い、老人の邸(やしき)に六日ほど滞在した。
用意された離れには火鉢がふたつほど設えられ、こざっぱりとした部屋の窓からは暮れていく冬の空を雁の群れが三々五々、西へと翔び交いて行くのが見える。
放たれた矢のように列を成して過ぎ行ゆ雁行に桂紆の心はひどく乱れていた。
皆は、どうしているだろう......。
大使の卿部は、宴席で突然に血を吐いて倒れた。急ぎ抱き抱えた桂紆の腕の中で、大君を頼みます......と言い残して、果てた。
桂紆の他に何人かの従者はいたが、文官の彼らは酷い目に合うことなど考えてもいなかったし、今も宿舎で肩を寄せ合って震えているだろう。いや、そうあって欲しい......と桂紆は思った。
「頼みがございます。」
桂紆はある夕べ、老人の前に跪き、礼をとって乞うた。
「私は外に出たい。」
老人は眉をひそめた。が桂紆は続けた。
「共に海を渡った朋輩の有り様が気にかかるのです。」
老人は静かに頚を振った。
「私どもが調べて参りますゆえ、今しばらくご辛抱を......」
三日、待った。だが老人は何も伝えては来なかった。六日目の夕暮れ、桂紆は、下男に金子を渡し、服を借りて邸を出た。
街はすでに黄昏始めて、人の面も朧な頃、桂紆は宿となっていたある官吏の邸に着いた。
え......。
人の気配が無い。破れた扉から忍び入ると、几や衝立がひっくり返り、物があちらこちらに散らばり、ひどく荒れていた。
まさか......。
思わず箪笥に手をつく。ぬるり、とした感触が皮膚を粟立てさせる。おそるおそる確かめたその掌は夕暮れの空より赤く、染まっていた。
「ひ......。」
声にならない叫びが、桂紆の喉を突いた。
弾かれたように邸を飛び出し、闇雲に走った。
いつしか城壁の外に走り出ていた。
その目に写ったのは.......。
首......。
台の上に据えられた、青ざめた首達。桂紆の知った顔が......、いや、知らない顔さえあった。その足元には打ち棄てられた無惨な遺体。
胴体とて、どれも無事な姿では無かった。
「そんな......」
台に下げられた木札には、罪状らしき走り書き。『国家転覆の科』と一文。
今一度、顔を上げてみると、あの宴席で大使と隣り合わせていた温厚な笑顔の官吏が、苦痛に紫色に歪んだ面を斜光に晒していた。
骨の髄から、悪寒が湧いた。嘔吐が胸を吐く。
雪の上に膝を着いて崩折れた。
その肩に、ふ......と指が触れた。
見上げると、薄衣を被いだ柔和な面差し、玻璃の眸が見下ろしていた。
「瀞(せい)どの.....」
薄紅の唇がひそと囁く。
「このようなところに居てはなりません。さぁ.....」
白磁の指が桂紆の手を摂る。よろよろと力無く引かれていった先、あの邸では、老人が心配そうに立っていた。
「貴方は......、貴方だけは、無事にお国にお返し致します。」
一言呟いて、被衣の裡から小さく頷き、麗人は夕暮れへと踵を返した。
「瀞(せい)どの.....」
桂紆が振り向いた時には、その背中は再び降りだした雪の彼方に消えていた。
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