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第5話 雨雪
蝋燭の灯が、微かに揺れた。黒髪がゆらり波打つ。
肩から菫色の薄衣が滑り落ち、瀞(せい)は思わず身を竦めた。
「如何した?」
傍らの影が、形の良い耳を噛み、舌でねぶる。
「雨音が-......」
青ざめた唇が呟く。影はふん......と鼻で笑い細い肩を掻き抱く。野太い指が胸元をまさぐる。
「おおかた、我らの熱で雪も温まったのであろうよ」
胸の小粒な珊瑚を摘まれ弄られて、細い喉が微かに息を漏らす。首筋の稜線を分厚い唇が這い、きつく吸い上げる。
「嗚呼......」
零れる息も艶めいて、花がふわりと舞い散るように、男の耳を熱くする。猛る腕に細腰を抱き、褥の上に横たえる。
「瀞(せい).....」
掠れた声が、華の名を呼ぶ。
「まことに、儂で良いのじゃな.....」
「いずれは、誰ぞに手折られましょう。なればいっそ、貴方さまに......。この国一の大将軍、劉恒鋺さま。最も恃みになるお方。貴方さまにこそ、差し上げましょう......」
しなやかな腕に頚を懐かれ、堅い背中が僅かに震えた。ずっと以前から密かに恋うて、役目がてらの折りおりに、華の姿を盗み見た。
かの悪宰相が想いを懸けて、懐深く隠しつも、氷の如く心を閉ざした雪華に、まだその想いを遂げられぬ。その煩悶の間隙に苦手な文もしたためた。
「ですから、どうか.....あの方を.......秋津島の御遣いを、お国に返して下さいまし。かの恐ろしい方から、逃してあげてください......」
男の顔が、むぅ......と歪んだ。
「瀞(せい)どのは、其奴を好いておられるのか?」
「いいえ......」
瀞(せい)は、小さく頭(かぶり)を振った。
「お顔もようは知りませぬ。降る雪に紛れて姿も確かには......。ただ、ご同輩の亡骸を前にひどく嘆いておいでたもので......」
黒曜石の瞳でじいっ......と男を見詰める。気取られぬよう、思いを込めて『あの方』を見詰めるように......。
「瀞(せい)どのは、お優しい......慈悲の帝になられた筈を......」
囁きながら、薄衣の袷をまさぐる男の眼は既に欲情に濡れていた。その甲にそっと我が手を添える。
「我が身は不具。人目に晒すことなど出来ませぬ。知っているのは、あの悪宰相と貴方だけ......」
「まこと、半陰陽とは......神も罪なことをなさる。」
言いながら、男は瀞(せい)の衣の裡を撫で上げた。
男のものと女のもの、二つながらに身に持って生まれた瀞(せい)。先の乱でも弑されなかったのは、それが所以。不具の呪われた身では、帝にはなれぬ。其れ故に、宮の奥の奥深く、人目に着かぬ場所に打ち棄てられた。
その事を知るのは、叛乱の裏の首謀者、范央と表の首魁、劉恒鋺......そのただふたり。
長じて母譲りの、いやそれ以上の美姫となった瀞(せい)をふたりの色好みが放っておく筈もない。胸乳は育たなかったが、なに女の身体に飽いた獣は男であるとて見境は無い。
ましてや瀞(せい)は、稀有な存在。
見えぬところで相争っているのは、百も承知の瀞(せい)だ。
この男ならば、実直なところも......。
嵬に命じて恋文を届けさせ、秘かに閨に引き入れた。
「寒うございます......早う暖めてくださいませ。」
二つの影が重なる頃、瀞(せい)の涙の如き雨雪は、唯しとしとと降っていた
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