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最終話 淡雪
「嵬(かい)......」
貴方の細い声が、僕を呼ぶ。
息も絶え果てそうに儚いのに、なぜにそうも艶めいて聞こえるのだろう。
「明日も雪が降るのだろうか......」
「そのようです。さ、暖かくして.....」
僕は頷き、夜具の襟を直して微笑む。
もうすぐ、粥が煮える。貴方の冷えた身体も少しは温まるはず。
色の失せた頬に宿る翳すらも、薄衣の被衣のようで。伏せた睫毛が僅かに露を帯びているのは、『あの方』を想って泣き濡れていたから。
でも、貴方の『あの方』は、貴方の嘆きを知らない。
貴方は日毎夜毎、『あの方』を想いながら蹂躙に耐えて、遂に仇敵を討ち果たした。
あの忌まわしい宰相は内輪揉めで斬られ、愚かな将軍は、謀叛の科で死罪になった。
けれど......。
貴方は変わらず籠められたままで、訪れる人もいないこの庵で、ただ『あの方』を想い、雪空を見詰めている。
最後に『あの方』の残していった藍の組紐で髪を束ね、『あの方』の温もりを探し続ける。
でも......
『あの方』は、もういない。
『あの方』の船は、秋津島には届かなかった。
嵐が襲った。船は粉々に砕けて、水底に沈んだ。
『あの方』は、海の底で眠っている。
だから......
僕は貴方に手紙を書く。
『あの方』の国から届いたように、
『あの方』の想いがずっと続いているように
『あの方』が貴方を"迎えにくる"その日まで
僕は貴方に手紙を書き続ける
僕の貴方への想いを込めて......。
淡雪のような貴方の生命が、僕の掌で融けてゆくのを、じっと見つめながら......。
明日も雪は降り続くのだから.....
― 了 ―
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