それからの一週間は怒涛のように過ぎた。 文化祭の準備で忙しく五月とは昼も放課後も会えなかった。 時々連絡はくるが、お互いのクラスの進捗状況の報告などたわいのないものばかりだ。 最初こそ面倒だと思っていた文化祭委員もだいぶ楽しくなってきた。 やってみなきゃわからないものだな、と進はしみじみと思った。 そう思えるようになったのも五月と出会えたからだ。 五月と出会って、確実に進の中には小さな変化があった。 そしてあっという間に文化祭の前日。 もう通常の下校の時刻はとっくに過ぎているが、多くの生徒が残って作業していた。 学校中が慌ただしく、そして楽しそうな熱気に満ちている。 「クラスの準備だいたい終わりそうだし、俺先に設営の手伝いに行って来るよ」 進はクラスでまだ飾り付けをしている石橋にそう言うと教室を出た。 委員の男子は手が空き次第設営の手伝いに行くことになっている。 進は集合場所の校門前へ向かった。 「お疲れ様です、文化祭委員ですけど・・」 校門前に着くと、業者の人や生徒会役員がこれから設置する入場門についてあれこれとやり取りをしていた。 「あぁ、ありがとう。でもごめん、今ちょっと門の到着が遅れてて」 生徒会の一人が言った。 「さっき来た子にお願いしたんだけど、使わない机を空き教室に移動する作業があって、そっちを先に手伝ってきてもらっていいですか？」 「わかりました」 進はそう言うと指示された三階の奥の使われていない教室の方へと向かった。 行ってみると他の教室から運ばれてきた机や椅子が廊下に乱雑に置かれている。 これを空いてる教室にクラスごとに纏めて入れていくらしい。 先に作業してる人に詳しく聞いてくれと言われたので、進はとりあえず教室を覗いてみた。 一人の男子生徒が椅子を机に乗せて運んでいた。 「あの・・」 後ろから声をかけると、その生徒が声に気付いて振り返った。 進はドキリとした。 そこにいたのは清瀬だった。 「え？なんで？｣ 進は思わず口に出してしまった。 清瀬も少し驚いた表情をしたが口元を緩めて言った。 「うちのクラスの委員、ちょっと体調悪そうだったから設営大変だろうと思って変わったんだ｣ 「あ・・そう、か｣ 清瀬が何事もなかったかのように会話をしてくれたので、進は少し安堵した。 そして気が緩んだのか、心で思ったことがポロリと口に出た。 「相変わらずだな｣ 「え？｣ 清瀬が目を丸くして聞き返す。 「あ、いや、そう言う気の利くところ、相変わらずだなって・・」 進は気まずくなって目をそらした。 清瀬はそんな進をジッと見つめていたが、フッと微笑むと近付いてきて言った。 「進は、文化祭委員やるなんて珍しいね｣ 「あぁ・・うん、ほら、俺帰宅部だし、暇だからさ。やる奴全然出なくて、みんな忙しそうだしやるしかないかなって・・」 「ふーん・・」 清瀬は不信そうな顔をして見つめてくる。 「まぁ、あと友達もやるって言うし、楽しそうかなって｣ 進は目をそらしつつ慌てて付け加えた。 「友達ってあのＥ組の？｣ 「え、あ、そう。Ｅ組の奴｣ なんで五月の事を知っているのだろう・・ 進はふと思ったが、これ以上五月の話が広がるのは気まずく思い話を逸らせた。 「えっと、机どうやって運んでいけば良いの？｣ 「あぁ、今一年生の机から入れていて、C組まで終わったところ。机と椅子のクラスと出席番号のシール確認してセットにしてクラスごとに奥に入れていくんだ｣ 「わかった、じゃぁ次は１Ｄからだな｣ 進はさっそく乱雑に置いてある机や椅子の方へと向かった。 黙々と作業をしていれば多少の気まずさは減ると思ったからだ。 後は早く他にヘルプの人がきてくれればいいのだけど・・ 「進は｣ 机を運びつつ清瀬が聞いてくる。 「部活やめてから放課後は何してんの？｣ 「え、まぁ友達と遊んだり、たまに、図書館で勉強したり・・」 「勉強？進が？いつもすぐ飽きて寝てたのに｣ 清瀬がニコニコしながら聞いてくる。 「そりゃ・・そろそろ受験だしやらなきゃと思ってだよ！俺だって将来のことちゃんと考えてんの！｣ 昔と変わらないやり取りに進は少し気が緩んだ。 「友達と？一人で？｣ 「まぁ、どっちもかな。友達となら教えてもらえるし｣ 「さっきの、Ｅ組の？｣ 「え？｣ 清瀬は真っ直ぐ進の瞳を見つめて聞いてくる。 「Ｅ組の委員の人。仲良さそうだよね。彼の事、俺今まで見たことなかったんだけど。進もクラス違うけどいつ仲良くなったの？｣ 進は胸が騒つくのを感じた。 しかし、それを悟られないように言葉を選んで答えようと考えた。 「あいつ、乾って言うんだけど、2年になってから転校してきたんだって｣ 「転校生？｣ 「そう、だから俺も最近まであんまりよく知らなかったけど。二学期になってから体育の授業でさ｣ 「体育・・」 「二学期に体育、最初バスケだったろ？乾も前の学校でバスケ部だったみたいで、試合でちょっと競って。そんでそこから何となく仲良くなったんだよね｣ 「そう、なんだ｣ 清瀬は机を運びながら話を続けた。 「それで？気があったんだね」 進も机に椅子を乗せて運びつつ、平然を装いながら答えた。 「乾、バスケ上手くてさ、俺負けたんだ。それで最初はちょっとムカついてたけど、普通に話してみるといい奴だったし、話しやすくて｣ 「そう・・」 清瀬は机を置いて進の方を向いた。 「家行ったりもしてるの？｣ 「えっ｣ 進はギクリとした。 五月の家に行った時のことを思い出したからだ。 清瀬はその一瞬の進の表情を見逃さなかった。 清瀬は進の肩をグッと壁に押し付けると、進の両手を掴み顔の横に押さえつけた。 ドンとかたい音が教室に響く。 「いって・・」 進はいきなりのことで受け身がとれず壁にもたれた。 清瀬はそのまま強引に進の口を自らの唇で塞いだ。 「っうっ・・」 進は振り払おうと顔を横に向けようとした。 しかし清瀬は無理矢理進の口を開かせ、奥の方を攻めてくる。 進は身動きがとれずそのまま受け入れるしかなかった。 清瀬とのキス。 最後にしたのはいつだっけ。 そんなことをぼんやりと考えがら。 チュッと音を立てて清瀬の唇が離れた。 少し距離の空いた瞬間、進と清瀬の視線が絡み合う。 「進とのキス久しぶり・・」 清瀬は微笑みながら言った。 進は清瀬の考えが読めず顔を横に向けた。 「お前、こんなこと、していいのかよ・・」 「何で？｣ 「何でって、お前一宮と付き合ってるんだろ。こんなこと、一宮はいい気しないだろ」 進にそう言われ清瀬は少し考えるように黙った。 それからポツリと言った。 「・・一宮とは夏休み中に別れたよ｣ 「え｣ 進は驚いて清瀬を見つめた。 「まぁ、別れたこと周りには言ってないんだけど」 「・・なんで？」 「一宮に自分のことがちゃんと好きか聞かれたんだ。その時、俺何も言えなくて・・ 　付き合ってるのに特別だと思ってもらえてないって言われた。 　俺はちゃんと恋人同士がするような付き合いをしてたつもりだったんだけど・・ 　でも、そう言われたら、これ以上付き合い続けるのは一宮に嫌な思いさせるだけだと思って別れることにした。 　一宮のことは中学からずっとサポートしてくれて、大事なチームメイトには変わりないし以前のいい友人関係に戻れなくなるのも嫌だから・・」 進は少しドキリとした。 「一宮はそれでいいって？｣ 「うん、でもバスケ部のやつらには付き合ってることバレてたし、今度また別れたと言って周りに気を使わせるのも嫌だから、引退するまでは付き合ってることにしててほしいって。だから進も秘密にしといてくれると助かるんだけど｣ 「別に・・そんなこと人に言い回る趣味はない、そういう事なら俺にも言わなくて良かったじゃねーか｣ 進はぶっきらぼうに答えた。 「進は、相変わらず可愛くないね｣ 清瀬は進の腕をつかんだ。 「俺は、進には知っておいてもらいたかったから。進は特別だから」 清瀬は進の顔を真っ直ぐ見ながら言った。 進はその清瀬の視線に責められてるような気持ちになった。 「・・ごめん」 進はボソリと言った。 「え？｣ 「俺が、ちゃんと清瀬と話すことしなかったから。勝手に終わらせて勝手に辞めて、ムカついたよな。元の、仲の良かった頃の友達にも戻れなくて、戻り方わからなくてそのまま逃げた｣ 進は下を向いて喋った。 「何で・・今その話しようと思ってくれたの？｣ 「今だから。少し時間空いて、あの頃のことちょっと冷静に考えられるようになったって言うか。もっと他に良いやり方があったんじゃないかって｣ 「ふーん・・」 清瀬は少し冷ややかな相槌を打つ。 それから、進の腕をグッと掴むと自身の方へ引き寄せた。 「進、俺は元の仲の良かった頃の友達に戻りたいなんてまったく思ってないよ｣ 「えっ・・」 進はためらって後ろに下がろうとした。 しかし腕を掴まれ動くことはできない。 「進のこと、友達だなんて思えない。俺が進のこと今でもどういう目で見てるかわかってる？｣ 「・・・」 進は黙ったまま清瀬の瞳を見つめた。 「俺が進となりない関係は１つだけ。おれは結局、進じゃなきゃダメなんだ。他の人と付き合ったって進の時のような気持ちになれない」 「清瀬、俺は」 進は腕を振り解こうとしたが、掴まれた力が強く離れない。 その瞬間、ガラッと音がした。 扉の前に五月、そして一年の文化祭委員の男子が二人いた。 「机運ぶの手伝いにきたんだけどここでいいんだよね？｣ 五月は特に何か気に留める様子もなく聞いてきた。 「あぁ・・うん、ありがとう｣ 進は力の抜けた清瀬の腕を急いで払いのけ、乱雑に置かれた机の方へ向かう。 そして後からきた三人に机の運び方を説明し、そのまま運ぶ作業に戻った。 「・・・」 清瀬もその様子を見て、何事もなかったかのように作業を再開した。 五月はそんな二人の様子をじっと見ていた。 さっき・・扉を開けた瞬間の進と清瀬は何かを言い争っているようだった。 そして今、どことなく気まずそうに作業をしている。 やっぱりこの二人は何かあったのだろう。 それを、進に聞いて答えてくれるだろうか。 五月はちらりと清瀬を見た。 清瀬はその視線に気付き五月を見つめ返す。 その瞳には明らかな敵意が宿っているようだった。 聞くならこっちかな。 五月は思った。 それから机運びの作業は順調に進んでいたが、途中ある問題が発覚した。 クラス不明の大きな教壇があり、これをどうすればよいのか誰も聞いていなかった。 中に一緒に入れて良いものなのか、それとも使用する予定なのか特に何も書いていない。 「俺、確認してくるよ｣ 清瀬が一番に名乗り出た。 「みんな休んでて｣ そう言うと清瀬はサッと教室を出て行ってしまった。 五月はその様子を見て言った。 「じゃぁ、俺はトイレ行ってくる！｣ そして五月もバタバタと急ぐように出ていった。 清瀬が廊下を歩いていると後ろから足音が聞こえてきた。 振り返るとそこには手を上げて近付いてくる五月がいた。 「・・何？」 清瀬は怪訝そうに聞いた。 「いやぁ、一人で行くのもつまんないかなって思ってさ｣ 五月はニコニコとしながら答える。 「あ、今さらだけど、俺、2Ｅの乾ね。４月に転校してきたばっかなんだけど｣ 「・・知ってる。進から聞いた｣ 「えー。なんだよなんだよ！俺のいないとこで俺の噂してたのー？呼んでよ本人をー！｣ お茶らけて話す五月の姿に清瀬は苛立ちを覚えた。 「何か話があるんじゃないの？だからついてきたんだろ？｣ 「まぁ、たいした話じゃないけどね｣ 五月は相変わらず笑顔を崩さない。 「清瀬君はバスケ部の部長なんだって？｣ 「そうだけど・・」 「実はね、俺も前の学校でバスケ部だったんだけどさ、まぁもう辞めちゃったんだけど｣ 「・・何で辞めたの？｣ 「肩の故障、部活やんのはキツくなっちゃってさ。まぁ、しょうがないなと」 「前、何校？｣ 「M高｣ 「M高・・なら地区大会で被るよな、去年なら試合したんじゃない？」 「いや、俺、夏前には壊しちゃって、試合出れずに終わったよ｣ 「そうか・・ごめん｣ 清瀬は本当に気を使ってくれてるようだった。 なるほど、こういうやつか、と五月は思った。 「そんでさ、進ちゃんも聞いたらバスケ部辞めたって言うじゃん｣ 「・・あぁ」 「でも理由教えてくんないんだよねー、だから部長の清瀬君なら知ってるのかなって？｣ 「・・さぁ、知っててもそんなペラペラ言わないよ｣ 清瀬はツンとした態度で答える。 「えー、俺今進ちゃんとすごく仲良いから気になるんだよね。本人曰くくだらない理由だって言ってんだけど｣ 「くだらない？」 清瀬は明らかにその言葉に反応したようだった。 「くだらないってどんなかなって。例えば？清瀬と喧嘩したとか？｣ 五月は真面目な顔をして聞いた。 「・・もしそうだったら？｣ 清瀬は五月を睨んだ。 「くだらない喧嘩の内容、知りたいな｣ 「何でそんなこと乾に言わないといけない？｣ 清瀬がそう言うと、五月は一瞬見せた真面目な顔を崩しニコリとしながら答えた。 「進ちゃんのこと、好きだから｣ 清瀬の心臓がドクンと跳ねた。 「知っておきたいよね、好きな人のことは｣ 五月はまだ笑ったままでいる。 その表情からは真意は読めない。 しかし清瀬は五月のその言葉に嫉妬した。 そして反撃するように言った。 「・・悪いけど、教えられない。進は、特別な人だから｣ 清瀬のその言葉で五月の表情から笑顔が消える。 「もう、いいだろ。急ぐから｣ そう言うと清瀬は五月を見ることなく廊下を駆け足で去って行った。 残された五月は廊下の窓から外を見る。 もうほとんど日が落ちていて、夜がそこまできているようだ。 ｢特別な人ね・・」 五月は清瀬の言葉を反芻した。 ｢俺にとっても、進ちゃんは特別なんだけどね。ずっと、ずっと昔から」