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第5話 五月の過去②
次に五月が進と出会ったのは中学一年生の時だった。
五月は地元のハタ中学校に進学した。
その日は同じ地区内にあるユキタ中学校で練習試合が行われた。
中学生になって二ヶ月、部活動には慣れ始めていた頃だが五月は一年だったのでまだ試合に出ることはできない。
「こんにちわ、ハタ中学校です」
部長が部員を引き連れてユキタ中学の体育館に入った。
「こんにちわ、よろしくお願いします。荷物はこっちの方に置いて下さい!」
相手のユキタ中の部長が答える。
そしてユキタ中の一年が案内係として呼ばれた。
「おーい、鵜飼!トイレとかの場所説明して!」
「はい!」
そう言って駆けてきた小さな姿を見て五月は目を見張った。
あれ、こいつ・・
「どうぞ、こっちです」
案内係の小さな一年生は施設内を案内して回る。
こいつ、もしかして・・
五月は彼の後ろ姿をジッと見ながら考えていた。
それから一通りの説明が終わるとその彼は会釈をしてその場を離れた。
「進ちゃんこっち!」
仲間の一人が彼を呼ぶ。
「進ちゃんって呼ぶなよ!!」
しんちゃんと呼ばれた人物は少し怒りながら走っていった。
しんちゃん!
やっぱりそうだ!あいつだ!オカヤマ小の!!!!
五月はなんとなく覚えていた人物を思いだし、そしてまた会えたことに驚きと喜びを感じた。
『しんちゃん』は相変わらず小さい体をちょこちょこと動かしている。
五月はその小動物のような動きが可愛らしく見えて、その日はずっと進を目で追っていた。
それからもユキタ中を見かける機会は何回かあった。
試合もあったが、お互いにまだ試合には出ていないので接触はなかった。
五月が一方的に進の存在を認知してるだけだ。
『しんちゃん、あんまり背延びてないなぁ〜』
五月は試合会場で無意識に進の姿を追っていた。
初めて接触があったのは中学二年の六月、地区大会でのことだった。
五月と進、それぞれスタメンに選ばれて初めての試合だ。
「あの、しんちゃんとついに試合かぁ」
勝手に親近感を持っていた五月はワクワクしていた。
しかし試合中は真剣だった。
昔、小学生の頃に見たときより、進の動きは格段によくなっていた。
パスのセンスも磨きがかかっていたが、シュートの命中率も高かった。
まじか!結構やるな!
自分も負けてはいられない!
五月は自身の背の高さを生かし、対戦相手のパスやシュートをことごとくカットしていく。
特に進のプレイをカットすることが結果として多くなった。
五月はカットしたボールを持つと素早く戻りゴールを目指す。
その素早い動きを進は意識するようになった。
特に五月にボールが渡ることを警戒するようになった。
それが初めて進が五月を意識した瞬間だった。
『こいつ、強いな』
進は不利な部分を生かし、なんとか対抗する。
それでも力の差は歴然だった。
ピピー。
終了のホイッスルが体育館に響いた。
審判がハタ中の勝利を告げる。
「ありがとうございました!」
双方のチームは上がった息を整えながらお辞儀をする。
それからそれぞれの持ち場で軽い反省会をし終わると、帰る準備をし始めた。
五月は初めて進と対戦した興奮が、まだ覚めていないままだった。
『相変わらずちょこちょこよく動くやつだったなぁ。低いから逆に視界から消えるんだよな〜』
五月はそんなことを思いながらみんなの後をついて歩く。
すると、水道で顔を洗っている進が目に留まった。
試しに話しかけてみようかな。
実は小学生の頃から知ってるって。
ずっと話してみたいなと思ってたんだよなって・・・
五月はそろりそろりと進に近づいていく。
しかしふと、進の目に涙が溜まっていることに気がついた。
さらに涙は止まらないのかどんどんと溢れてきている。
進は必死で涙を拭こうとしたが半袖なので上手くぬぐえない。
そこで着ていたシャツをバサッと脱ぎ、進はそのシャツに顔を埋めた。
五月はドキリとした。
進の細身で湿った上半身があらわになっている。
五月はゴクリと唾を飲み込んだ。
進は顔をシャツに埋めたまま、声を殺して泣いている。
五月はたまらず声をかけた。
「あの、大丈夫か?」
進の肩がビクッと揺れた。
そしてシャツの隙間から顔を覗かせる。
「いや、大丈夫なんで、すみません・・」
進は泣き顔を見られたくないのか、ほとんど顔をあげないで話した。
五月は何か言わなければと思った。
「あ、あのさ!お前すごいな!動き早いし、びっくりした!試合、すごい楽しかった!またお前とやれんの楽しみにしてるから!」
五月は一気に喋った。
「・・・」
進は呆気に取られて黙っている。
「だからあの、そんな泣くなよ。じゃぁ、また」
五月は急に恥ずかしくなり逃げるように走って去って行った。
進はその足音が聞こえなくなったのを確認してから顔を上げた。
シャツから覗き見する程度で誰だったのかはわからないが、彼のおかげで気分が少し軽くなったような気がした。
なんか良いやつだったな、試合出てたやつだよな、多分・・
進にとってこの試合は思い入れの強いものだった。
チームメイトの木原が一学期の終わりに転校してしまうからだ。
この試合で勝たなければ今回の大会はこれで敗退となる。
進は木原と特に仲が良かった。
進にとって、進自身無自覚ではあるが、木原は進にとって初恋だったのだと思う。
そのため、負けたことの悔しさと、木原ともう試合に出れない悲しさで涙が溢れてきたのだ。
そんな涙の理由とは知らず、五月は進の泣き顔と汗に濡れた体を思い返していた。
進と、初めて話をした。
上手く伝わらなかったかもしれないけど・・また進と対戦したい。
五月は強く心に思った。
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