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第5話 五月の過去③

しかし、その後はユキタ中学と対戦することなく時間が流れた。 大きな大会の試合会場で無意識に進がいないか周りを見渡す。 そしてその姿を見つけると、五月の胸はドキリと跳ね上がるのだ。 話しかけたい、けど何を・・?どういう風に? 五月はそうやって躊躇ってしまい、結局声はかけれず仕舞いだった。 再び対戦のチャンスが来たのは中学三年の春、練習試合でだった。 五月は久しぶりに近くで見る進にチラリと目をやった。 少し背が伸びている、でもまだ小柄な方だ。 一列に並びちょこっとへこんだそこがたまらなく愛しく感じた。 試合はハタ中が優勢だった。 五月はこの三年でグッと力をつけた。 しかし進も同じように成長している。 初めて対戦したときと同じように、五月は進のディフェンスに力をいれた。 進は自分の動きがやたらとよまれていることに気づき始めた。 なんだこいつ、どこに俺が投げるのかわかってるみたいだ・・ 進は行く手を阻むこの選手に苛立った。 ピピー! 終了を告げるホイッスルが鳴った。 結果はまたもハタ中の勝利となった。 『ありがとうございました!』 一列に並んでお辞儀をしたが、進は悔しくてなかなか顔が上げられなかった。 なんであんなに止められたんだ・・ 完全によまれているみたいだった・・ 「鵜飼、すっげーマークされてたな」 「うん、なんかごめん・・」 進は戦力になれなかったことを悔やんだ。 「俺、ちょっとトイレ行ってくる」 進は先に帰る準備を終えると一人トイレへ向かった。 落ち込んだ気分を少しでも上げるため、顔を洗おうと思った。 手洗い場で顔を洗い終えたちょうどその時、さっきの選手がトイレに入ってきた。 「あっ!」 そいつは目を丸くしてジッと進を見つめる。 なんだ、こいつ・・? 進は怪訝に思った。 「お疲れ様ー、今日はありがとう!」 五月は明るく話しかけた。 進と話せる絶好のチャンスだ。 しかし当の進は不満そうな顔をしている。 「あの、ちょっと、聞いていいですか?」 進はぶっきらぼうに言った。 「えっ、何?」 五月はまさか進からなにか聞かれるとは思わずドキリとした。 「俺のパス、ことごとくカットしてたよね?その、俺の動きってそんなにわかりやすいのかな・・」 五月は進に不快感を持たれてると思いフォローしようと思った。 「あー、いや、そんなことないよ!!スッゴいよく動くから見失うしスゲーっておもった!」 「でも、俺の動き、読んでたよね?」 進は疑いの目を向ける。 五月は思わず言った。 「あぁ、それは、俺が君のことよく見てたから、かな・・」 「は??」 進は思いがけない言葉に驚いた。 「あ、いや、ユキタ中の試合をね、よく見てたから、君のこと覚えてたと言うか、面白い動きするから気になって・・」 五月はしどろもどろに答えた。 実際五月は大会でユキタ中を見つけると、他のチームメイトと離れてでもユキタ中の試合を見学していたのだ。 「俺、多分他の誰よりも君のプレイに詳しいよ!」 五月は思わず言った。 しかしその言葉がなんだか気持ち悪い気がして、しまったと思った。 絶対進に変に思われる・・ そう思ったときだった。 「ふ、ははは!!マジかよ!そんなやついる?!」 進は笑いながら言った。 五月は進が笑ったことで安心し、伝えたいことを躊躇いなく言った。 「え、いや、マジマジ!俺もしお前とチームメイトだったら、パスもシュートも一番フォローできる自信あるよ」 「あは、本当に?そんなこと言われたことない!」 進はどうやら嬉しいらしく笑いが止まらない。 そして彼は満面の笑顔で言った。 「じゃぁいつか、本当に一緒にプレイできるといいな!俺もお前と同じチームでやってみたい!」 五月はその言葉と笑顔に胸を打たれた。 その時 「鵜飼ー帰るぞー」 進を呼ぶ声がした。 「あ、やべ、じゃあ俺帰るわ、またな」 そう言うと進はくるっと向きを変え走っていった。 「あっ・・名前・・」 五月は自分の名前を伝えたかったが遅かった。 「ちぇっ」 今度はいつ会えるだろう。 もうすぐ受験だ。 進はどこの高校にいくのだろう。 色々聞きたかった。 しかし結局それから進とは会えなかった。 中学最後の大会はユキタ中はどうやら2回戦負けだったようで試合会場で会うことはなかった。 二学期に入るとあっという間に部活を引退し受験一色になった。 進と同じ高校にいきたい。 しかし連絡先もわからないし、進の中学にいきなり押しかけるのも変に思われるにちがいない。 五月は結局自分の学力にあった高校の中でバスケ部が盛んなところにした。 次に進に会えたのは高校一年の5月、春の大会でだった。 各校が集まる体育館でその姿を見つけたのだ。 T高校の試合、その時ベンチ側の端の方で応援している小さな姿。  あれはしんちゃんだ! T高校だったのか・・ 通える距離の高校だったが五月の偏差値より低めだったため受験はしなかった。 五月は先輩たちの試合を見ながらもチラチラと進を盗み見た。 二人ともまだ一年なので試合には出れない。 そして自由に動くことも出来ないため、進に話しかけることは無理だった。 早く進ちゃんとまた対戦したい。 俺のこと覚えてるか聞きたい!! しかし、その願いは叶わなかった。 五月の肩は夏前に使い物にならなくなったのだ。 五月は今まで、これほどの絶望や悲しみを味わったことはなかった。 体が動くのは当たり前だった。 バスケは自分の人生の一部だった。 普通にしていたことが普通にできなくなる。 これからの未来がいきなり真っ暗になった気がした。 高校入学してすぐに告白されてできた彼女は、そんな五月を慰めてくれた。 別の新しいことを見つけようと言ってくれた。 しかし五月にはその言葉は響かなかった。 五月は思った。 何か、新しいことみつけなきゃダメなのか、 もうバスケを忘れなきゃダメなのか、 別のこと・・ 何だろう俺のやりたいことって? やりたいこと・・ 俺がやりたかったことはなんだっけ。 その時、進のあの時の言葉が浮かんだ。 『じゃぁいつか、本当に一緒にプレイできるといいな!俺もお前と同じチームでやってみたい!』 そしてその言葉と共に進の満面の笑顔や、シャツを脱いで上半身裸で涙を堪えていた姿が頭をよぎった。 進に会いたい。 進と一度でいいから一緒のチームでプレイしたい。 この肩がまだ少しでも動かせるうちに、体がバスケを忘れないうちに・・ あれから一年ちょっと。 今五月の目の前にはあの時、焦がれてしかたなかった進がいる。 五月の願いは叶わないかもしれない。 ただ、進のそばにいることが今は楽しくして仕方がない。 清瀬と進に何があったのか、容易に想像はつくが考えたくはなかった。 清瀬はきっと、もとに戻りたいと思っているに違いない。 でもな清瀬、悪いけど進ちゃんを諦める気も譲る気も俺にはないからな。 五月は心の中でそう呟いた。

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