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第7話 文化祭二日目⑥

二人はほとんど話さないまま体育館へ向かった。 体育館は薄暗く舞台だけに照明が当たっていた。 すでに軽音楽部の演奏は始まっているようだ。 昨日より盛り上がっていて観客も多い。 進と五月は体育館の一番後ろで、壁に背をつけて立ったまま演奏を聞くことにした。 周りには誰もいない。 皆、前の方の舞台に集中している。 大音量の音が鳴り響いてるにも関わらず、進と五月の周りはシンと静まり返っているようだった。 すると、進がポツリと言った。 「昨日のあの歌、今日はもう歌わないのか?」 「歌?」 五月は進に視線を向けて聞いた。  「あの、俺を思い出すとか・・言ってたやつ」 「あぁ、あれは今日はどうだろう?今日は外部のお客さんメインで流行りの曲をやるつもりって言ってたから」  「そうなんだ・・」 進は前を向いたまま小さく答えた。 五月は少し驚いた。 昨日言った自分の言葉を覚えていたのか・・ 昨日、一緒に聞いた歌。 あの歌は、別れの歌だ。 でもその歌には、出会えたことを喜ぶ歌詞がある。 『今の自分がここにいるのは、君がいたから』 そんな意味合いの歌詞。 五月はそこに進を重ねていた。 今、この学校でこうやって文化祭を楽しんでるのは、進がいたから。 五月にとって、進がどれ程昔から特別な存在だったのか、進には予想もつかないだろう。 その気持ちを、この文化祭が終わったら五月は告白するつもりでいた。 この学校に転校してきて、五月は隣のクラスに進がいることにすぐ気がついた。 しかし進は、ずっと五月が想っていた進とは違っていた。 バスケ部には所属しておらず、どこか無気力で人とも距離をとり、毎日をつまらなそうに過ごしているように見えた。  俺がずっと焦がれていた、一緒にバスケをしてみたいと思っていた、あの勝ち気で快活な進ちゃんがあいつなのか? 五月はショックを受けた。 一体なんのために転校までしてきたのだと。 本当なら、バスケ部に入って、短い期間でも肩がもつまで進ちゃんとバスケをするつもりだった。 それだけで満足できるはずだった。 なのに・・ 五月の夢は叶わない。 わかっている。 これは五月が勝手に想ってやったことで、進は何も悪くない。 でも、やっぱり許せなかった。 いつか、一緒にバスケをしてみたいって言ってくれたじゃないか。 なのに、なんでお前はバスケをやめてしまったんだ?! そんな思いで、五月は一学期の間は進に話しかけられないでいた。 体育の授業や廊下で姿を見ても、心に灯った小さな怒りで声をかける気にはなれなかった。  しかしそんな気持ちが変わったのは、二学期に入ってすぐの体育の授業がバスケットだったからだ。 これが進とバスケをやる最後のチャンスかもしれない。 挑発して、進をボロボロに負かしてやろう。 それは、五月のなかに小さく芽生えた復讐心だった。 しかし、実際に試合が始まってみると、五月は楽しくて仕方なくなった。 久しぶりのバスケットボールの触り心地に心が踊った。 体はまだ覚えている。 それも嬉しかった。 そして何より、進のプレイは変わっていなかった。 中学生の時何回か進と対戦した時の事を思い出した。 小さな体をよく動かし、利点にしてうまく回り込みシュートを狙う。 五月は、そんな進のプレイが懐かしく嬉しく、そして大好きだと思った。 変わってしまったと思っていたけど、そんなことはなかった。 五月があの頃焦がれた進のままだ。  やっぱり進を諦められない・・ 最初は友達として、進と仲良くなれればいいと思った。 それが、進が男が好きだとわかって欲望がわいた。 恋愛対象にならないのなら、せめて体の関係だけでも。 とにかく、進と近づきたい。 そうやって、強引に距離を積めながら進と仲良くなっていった。 進も自分を特別に見てくれている気がする。 少なくとも、同性が好きだという共通の秘密で他の奴よりも心を許してくれているはずだ。 進の特別でいることが、五月にはとても心地よかった。 今は性欲処理の相手でも、いつか進も自分と同じ感情になってくれるのではないかと期待した。 本当の特別な相手になれる日がくるのではないかと・・・ 「五月・・」 隣で進が小さな声で話しかけてきた。 まだ軽音楽部の演奏中だ。 前の方では観客が総立ちで盛り上がっている。 「何?」 五月も小さな声で答えた。 少しの間があった。 進がゴクリと喉をならしたのがわかった。 そして、今にも消えそうなくらい小さな声で言った。 「あのさ、俺、恋人ができた・・」 五月は前方の舞台をまっすぐ見つめたまま、息をのんだ。 進は不安そうな顔で五月を見つめ、返答を待った。 その間は五秒ぐらいだったろうか。 それでも進には長く感じられただろう。 五月はフッと軽く息を吐くと進の方を見て言った。 「相手は、清瀬君、だよね?」 「え・・・」 進は清瀬の名前が出るとは思っていなかったのか目が泳いだ。正直に話してよいか迷っているようだ。 しかし五月はそのまま続けた。 「気づいてたから。進ちゃんと清瀬君、普通の関係じゃないだろうなって」 「え・・本当に・・?バレてた?」 進は青白い顔になって聞いた。 「俺達、そんなに分かりやすい感じだったか・・?」 進があまりにも不安そうに言うので、五月はあわてて取り繕うように言った。 「いや、大丈夫だって!それは俺が進ちゃんのすぐ近くにいたから気づいただけで、普通ならわかんないって。だからそんな顔しないでよ!」 五月は笑って進の頭にポンと手を置いた。 「元サヤに戻った的なやつ?」   「うん・・」  進はうつむいて答えた。 「俺達、去年付き合ってたけど、うまく付き合えなくて・・周りが見えなくなってて。それで恐くなって俺から別れたんだけど・・」 進はポツリポツリと小さな声で話した。 「もう一度、やり直してみようかって。何を間違ったかわかってるから、今度は大丈夫じゃないかなって・・」 「そっか・・」 五月は進の頭から自身の手を離すと壁にもたれかかるように立った。 「じゃぁ、この関係も終わりだね?」 そして、極めて明るく五月は言った。 しかし本当は胸が押し潰されるような気分だった。 「・・うん」 進はまだうつ向いたままだ。 「・・あのさ、五月の話があるっていうのも、その事だったんだろ?」 「え?」 五月は何のことかわからず聞き返した。 「その事って?」 「こういう、普通の友達がやらないようなことをしている関係・・」 五月は驚いて目を見張った。 しかし進は下を向いたまま話を続けた。 「あの歌、別れの歌だった。だから、五月は俺との関係を終わりにしたいのかなって。楽しい話じゃないって言ってたし・・」 五月は口を少し開けたまま進を見つめた。 まさか、そのようにとらえられていたとは・・ まったくの検討違いだ・・ でも・・ 今それをここで否定してもどうにもならないだろう。 むしろ、進に迷いを生ませるだけだ。 進は、俺を好きじゃない。 ここで俺が食い下がっても、進を困らせるだけ・・ 五月はニコリと笑った。 そして明るく言った。 「そう、そろそろね!いつまでも続ける事じゃないかなって。俺、進ちゃんとは真の親友になりたいからさ!」 「え・・」 五月の言葉で進はやっと顔をあげて五月を見つめた。 「真の親友はエッチなんかしないでしょ。ね?俺は進ちゃんとちゃんと仲の良い友達になりたいんだ!」 五月は笑って言った。 進は少しの間、口を開けたまま五月を見つめていたが、一瞬下を向いてからもう一度顔をあげた。 そして進は少し目に涙を浮かべなから言った。 「・・そうだな、うん。ありがとう、俺も五月とちゃんと友達になりたい・・」 五月は進の涙を見ながらも、笑顔を崩さず言った。 「じゃぁ、今からは本当にただの友達!今までのことはなかったことにしよ!あ、それと清瀬君には俺らがやってたことは秘密な」 「え・・」 「清瀬君が知ったら嫌な気持ちになるだろ。それに俺達はもう友達なんだ!もし昔セフレでした~なんて言ったらもう会うなって言われちゃうよ、せっかく俺達ただの友達になれたのにさ!」 「・・でも、それは・・」 進はそれでいいのだろうかと、迷っているようだった。 「知らぬが仏!俺は進ちゃんと親友になりたいって言ってるだろ!な!親友のこと見捨てないでよ~」 五月はふざけるような仕草で笑いながら言った。 「な、お願い!お前らのことは絶対邪魔しないからさ・・」 五月は顔の前に手を合わせてお願いのポーズをする。 「・・わかった」 進はそんな五月を見て観念したかのように笑った。 「ありがとう!!」 五月は明るくお礼を言った。 ズルいことはわっている。 これは進に清瀬を裏切らせる行為になるかもしれないことも・・ でも・・ それでも繋いだ進との縁を、五月はまだ切りたくなかった。 二人はそれから無言で軽音楽部の演奏を聞き続けた。 しかし、流行りの音楽も観客の歓声も五月の耳には入ってこなかった。 この演奏が終わったら、俺達はただの友達になる。 だからせめて今だけでも、進の横で、肩を並べて立っていたい。 堂々とできる、この瞬間だけ・・ 五月は横にいる進の気配に耳を傾けていた。

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