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綺麗な人

 僕は声の震源を探る。奥まった窓辺の方からだ。奥まった、ということは日陰の僕のいる場所とは反対に日向ということだ。窓が開いていたからよく聞こえたのだ。窓辺には声の主の女生徒と、見慣れない顔の男子生徒が立っていた。  女生徒の名前は鳥口といったはず。去年同じクラスだった。彼女は学級委員長をやっていてとても目立っていたし、今も多分学級委員長をやっている。  鳥口は僕の存在にまるで気付いていなかったが、男子生徒と僕はばっちり目が合ってしまった。気まずい。  顔立ちも雰囲気も佇まいも異国情緒が漂っている。髪も僕と違ってずいぶん明るいのに肌に馴染んでいる。地毛なのは一目瞭然だ。鼻梁も高く顔立ちも整っており、眉目秀麗という言葉が真っ先に浮かんでくる。  あー、と僕はなんとなく見当がついた。  隣だか隣の隣だかのクラスに留学してきた人だ。確か、えーと……左のほうからやってきた感じ。学年集会でどなたかの先生が話していた。  名前は……? 「ねえレオくん!」  そうそうレオくん。 「ごめん、なんだっけ」  レオくんが喋った。雪の呼吸とまろやかに絡み合って結晶と囁き合ういい声だった。嫌な気分だな。レオくんは女生徒に相槌を打っているのに僕から視線を逸らさない。  僕も僕で蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。瞳の色はプルシャンブルーを氷の中に溶かし込んだような深くて透き通った色だった。目が離せない。  早く向こうを向いてほしい。 「換気が終わったらストオブに火をつけて、朝の掃除! 薬缶に水も入れてきて。早くしてよね」  レオくんが女子に咎められている。日直とはお気の毒。だけどまるで聞いていない。日直じゃなければこんな朝早くに高校に来るはずないか、と僕は思う。 「レオくん! もう……どうしたの?」 「……綺麗な人」 「……え?」  レオくんは声が裏返った女生徒を振り返る。 「綺麗な人だ」  視線が逸れた瞬間、僕は金縛りが溶けたように体が自由になるのを感じた。立ち上がって一目散に彼の死角へ逃げ込んだ。雪が潰れる音がいつまでも耳にこだました。  綺麗な人。  熱い頬に触れたら外気に充てられて氷のように冷たかった。指先が水滴を作って滑り落ちる。  騒がしい朝だな。  

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