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無理
「学芸会の主役をやることは、留学が終わってもきっといい思い出になると思うの」
鳥口がみんなに向かって言った。まあ確かに、というなんとも言えない空気になっている。すごく複雑な感じ。
僕は僕で、新事実に背中がさあっと冷たくなった。
留学が終わる……? レオはずっとこの高校にいるわけではないんだ。知らなかった。いや多分知らされていたとは思うのだが、まるで興味が無かったので少しも記憶にない。
レオはそのうち居なくなってしまうのか。
「レオくんは自分が王子役をやることについてどう思ってる?」
鳥口は答えはイエスしかないというような堂々たる姿勢でレオに聞いた。女子も期待を込めてレオを見ている。絶対にあり得ないけど、僕がレオと同じ立場だったらきっとこんなプレッシャーには耐えられない。
みんなから注目されるなんて絶対にお腹が痛くなる。
うーん、とマイペースに返答を考えているレオは、後ろから見ても大物な感じがした。
「俺は……そうだな……」
レオが後ろを振り返る。
視線の先には僕がいた。何十メートルか先の僕の方へ、彼の視線が真っ直ぐ届く。彼は僕を指差して言った。
「ルカが姫役をやるならやってもいいよ」
そこにいる全員が僕を見ようと振り返った。衣擦れの音が地鳴りのような音を立てる。おおよそ百二十個の目玉が一斉に僕を見た。
……お腹が痛い……。
ビックバンのようにざわめきが弾ける。
色んな声が一気に僕を襲った。
「ルカって誰」「男が姫」「いや悪く無い」「むしろ良いじゃん残念だったな女子」「気持ち悪」「なんで浅見なの」「どういう関係?」「なんかこの間うちのクラスに来てたよ」「どこで知り合ったんだ?」「いや無いでしょ」「浅見が主役はちょっと無理じゃない」「いつも一人でいるよね」。
……吐きそう。
「ぼっち」「笑ったところ見たことない」「あいつ喋んねえし」「いや喋れないんだよ、確か」「ビョーキみたいな」「なにそれ」「喋れないなら劇できねーじゃん」「つかあんな人居たんだ」「浅見が姫は無い」「あり得ない」「無理じゃね」「無理」「無理」「無理」「無理」「無理」「無理」「無理」。
無理、無理、無理、無理、無理……。
ざわめきが一気に吹き飛ぶような豪快な音がした。
レオが机を思い切り叩いたらしい。声がピタリと止んだ。
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