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だから最高の衣装を作ろう
「あなたってレオくんのことが好きなの?」
頭の中は今まさにその回答のことでいっぱいだったので、エミリの質問に反射的に頷いてしまった。あんまりにもやってしまったと言う後ろめたさが先立って涙が引っ込む。比例して顔も熱くなった。
僕はエミリとアイリに笑われると壁を作って身構えた。
でも彼女たちは一向に笑おうとはしなかった。それどころか、僕に真剣な眼差しを向けている。大きなリスのような瞳が四つ僕を見据えて離さない。
蛇に睨まれた蛙のような気持ちだった。こんなことになるなら付き添いなんかきっぱり断ればよかった。
「マミコはレオくんにキスするつもりよ」
しばらくの静寂の後、どっちかがポツリと言った。
それは劇中で的な意味なのか、何かの暗喩なのか、あまり想像したくない。
「どうしてお姫さま役を譲ったりしたの? 嫌でも顔を突き合わせていれば……」
エミリとアイリが呼吸を揃えて言う。
「解ける誤解もあったかもしれないのに」
彼女たちは僕を責めていると言うよりはむしろ哀れんでいるようだった。
僕は彼女たちのそんな表情を見ているとかえって不穏な気持ちになる。自分の首元を指差して俯いた。喋れないし。
「喋れないは言い訳じゃないの?」
「私たちとは会話できるじゃない。あなたの言いたいことはよく伝わるし」
「だからそれは言い訳よ」
「言い訳ね」
「レオくんに辛辣な態度を取られたくないから逃げたんでしょう」
咄嗟に首を横に振ったけど、言われてみればそうかもしれない。そうなのかな?
僕は逃げただけなのか。
いや違う。
改めて、彼女たちの目を見て首を横に振った。
誤解を解きたいとか、役を譲りたくないとか、仮に僕の中にそういう気持ちがあったとしても、それは僕のエゴにしか過ぎない。僕のエゴを満たしたところで僕が満足するだけで、レオにとってなんのメリットもない。
鳥口とレオがキスしたって構わない。彼にとって最高の思い出になるならそれでいい。
「マミコとレオくんがキスしてもいいの?」
アイリが僕に言った。僕は頷きながらそそくさと保健室に向かう。この時間が惜しい。さっさと衣装を作ろう。1秒でも2秒でも手を掛けて最高の召し物を縫いあげたい。
「ギクシャクしたままでいいの?」
次はエミリだ。僕は頷いて保健室のドアに手をかける。
扉を開いたが保健の先生は少し留守にしているみたいだった。脱脂綿と消毒液と絆創膏を一枚もらうだけだからいいや、とズカズカ中に入った。
脱脂綿に消毒液を注いで患部に当てる。
「浅見くん、レオくんのこと好きなのよね」
まだその話してんのかよ。僕はうんざりしながら頷いた。
絆創膏を片手で貼ることに手こずっていたらエミリが絆創膏を貼ってくれた。ありがとうございます。うんざりしてごめんなさい。
僕の回答に二人は納得していないようだった。僕は保健室の机のメモ用紙に文字を綴った。
『劇を成功させるのが一番』
エミリとアイリは僕に言った。
「どうして?」
『レオの良い思い出のために』
彼女たちはそれでもピンときていないみたいだったけど、これ以上僕もなにも言う気はない。分からないなら分からないでいい。
『だから最高の衣装を作ろう』
僕は二人に笑いかけたけど、彼女たちはやっぱり複雑な顔をして微笑するんだった。
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