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俺はやっぱり
僕は心臓がばくばくしていたけれど口から息を吸ってゆっくり鼻から吐いた。そしてドレスの目の前に佇む彼の横に並んだ。
レオは隣に並んだ僕を見ず、憂いた眼差しでドレスを視界に映していた。
全然笑ってくれない。気に入らなかったのかな……。僕はまじまじとレオを見た。やっぱりレオは笑ってはいなかった。
「……お気に召さなかったかしら」
沈黙に耐えかねたらしいエミリが、空気を裂くようにレオに言った。レオはその声で息を取り戻したようにドレスの横にいたエミリを見やった。
「そんなことはない。素晴らしい出来だよ。……ありがとう」
彼はようやく悪びれように小さく笑った。
僕は久々に聞いた彼の声に、胸の奥がズシン、と響くのを感じた。
レオの声。優しくて、深くて、不思議な声。
「どういたしまして。レオくんも試着してみる?」
「俺はいい……明日着ることになるし」
「そう。それならいいんだけど……稽古の方は順調? 順調でないと困るんだけどね……」
エミリがいたずらっぽく笑った。
レオも苦笑する。無理にそうしているようだった。
「順調だよ。そつなく進んでいる」
「優勝できそうかしら」
「できると思う。何よりみんなそう思っている」
「それなら良い思い出になりそうね」
エミリがそう言うと、レオは少し黙ってしまった。その沈黙は闇で見えないほどの深淵のように深く重かった。
レオはその後我に返ったように笑って誤魔化す。
エミリは結んだ口をほんの少しだけ弧にしていた。伏し目を少し僕に向けると、再びレオの方を見やる。
「マミコとのキスは良い思い出にはならないのかしら」
「……嫌な質問だね」
「今ならマミコには聞こえないわよ」
レオは肩を竦めた。
僕はどこを見ることもしないでただ呆然としていた。こめかみに嫌な汗が流れる。
「俺はやっぱり、姫役は……マミコじゃない方が、嬉しかったかな……我儘だけど……」
レオは僕を見なかった。僕はすかさずエミリを見やった。
僕が窺っている内容と差異があるのですがそこのところどうお考えなのですか、と言う目配せだった。絶対エミリは分かってないけど。
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