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まるで水の泡

 僕はいつものように早朝に家を出ていつものように通学路を歩いた。そしていつものように僕の砦にやってくる。  雪だるまの惨殺事件があってから何週間かが経って、僕は新しい雪だるまを創造した。  だから花壇の縁は寂しくない。椿は皆落ちてしまったが、それも時の流れを感じさせていとをかしなり。  僕は雪だるまの隣に腰掛けてとりあえずため息をついた。  リハーサル当日だ。凄くやきもきする。僕は姫と王子の服の召し替えを担当する予定だ。鳥口は女生徒なので、彼女の召し替えはエミリとアイリがする。僕はレオの担当だ。  一人で着ることができないほどではないが、身なりを整える全般を任されている。僕は今日嫌でもレオと二人きりになるのだ。  昨日接触したレオは、取りつく島もないほどに僕という存在を認めようとしてくれなかった。苦しいなあ。あんな態度を何度も何度も取られたら僕だって悲しい。  そもそも、僕は学芸会を成功させることがレオの良い思い出になると信じて疑わなかったわけだが、それはどうやら的外れだったみたいだ。  だったら僕が必死に服を繕ったこの数週間はまるで水の泡といっても過言ではなかった。僕は全くといって良いほどレオの良い思い出作りに貢献できていないことになる。無意味だった。なんの意味もなかった。無駄だった。僕にできることはなにもない。  着たくもない服に着替えさせることくらいしかない。  僕はまた嫌われてしまう。でも仕方ないか。所詮僕だ。僕ごときが誰かのために何かをしようとすることがおかしかったのだ。  なんて思って考えないようにしても悲しいものは悲しかった。  吐く息の白さを感じながら、周囲に降り積もっている雪を見た。雪とも数日でサヨナラらしい。どれだけ見ても見飽きなかった白の雪原も見納めらしい。この白い世界と一緒に、僕の気持ちも溶かしてしまおう。  結局レオになにも与えることなんてできなかったな。  消沈しながら胸ポケットに手を突っ込んだ。レオがくれた手紙を三通大切に引っ張り出して、一通目からゆっくり読み直した。  何度読み返しても飽きない。灰になりそうな僕の世界をこの三通の手紙が引き止めてくれている。叶うなら、あの時の告白をもう一度やり直してくれないだろうか。  そうしたら僕は言葉に被さるように言うのに。僕も君が好きってサ。  丁寧に便箋を封筒にしまって、僕はその手紙に唇を寄せた。目を閉じて綴られていた文字と紙の質感に酔いしれる。レオのお祖母さんがくれた封筒はやっぱり本当に質がいい。ずっと肌身離さず持っているのにぼろぼろにならないし、香りも高級な紙の匂いがして好きだ。  僕を……こんな風に好きだと言ってくれた時のレオのことを思い出す。もう全て終わったことだけど、この手紙はあの頃のレオの全てが詰め込んである。  僕がこの手紙を貰ったことだけは事実だ。あの頃にくれた彼の気持ちを、僕はずっと大事にして毎日を生きようって思った。例えレオが左のほうへ帰ってしまったとしても、この気持ちだけは永遠だから。  レオ大好きだよ。  伏し目をパチパチさせたら、なんだか見える景色が揺らいだ気がした。  変なの、おかしいなって顔を上げたらなんとなく視線を感じた。反射でそちらを見やったら、後者の窓から僕を眺めている人がいる。  僕はびっくりして飛び跳ねた。  レオだった。目があってしばらく見つめ合う。背中にはぞわぞわする嫌な感じがして、それが羞恥ってペンキで塗り潰されてようやく脚が動いた。  僕は逃げ出した。逃げ出した後、なんで逃げ出したんだろう? って思ったけど、多分もうレオに嫌われたくないって気持ちが先行しちゃったからなのかもしれない。  今日絶対に顔を合わせることが決まっているのに、気まずいなあ。弾んだ息を整えながら、訳もわからず泣きたい衝動に駆られるんだった。

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