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時間よ止まって

 エミリもアイリも泣いていたけど、正直泣きたいのは僕のほうだった。 「私たちあなたのこと誤解してた」 「何週間か一緒にいて分かったの」 「酷いことをしたって、後悔してる」  もう遅いよ。全部が。後悔先に立たずなんだよ。  僕は首を横に振って二人を置いていった。言葉にならない。  彼女たちもついてこなかった。  入り口の重い戸を慎重に開けて暗幕の隙間に体を滑り込ませた。暗い館内の中でステージだけが照明に照らされている。観衆は静かに劇に視線を向けていた。  演目は眠り姫で、深緑のコートに上品なベルベットのペリイスを羽織っている王子が、百年くらい放置されている森の中に足を踏み入れるシーンだった。  会場の雰囲気がうっとりしているのが端で立っているだけでも分かった。  森の奥深くに行くと、古びた城が見えてくる。城の中の一室には美しい姫君が眠っていて、王子は彼女に一目惚れする。  ここまでテンプレなんだけど、どこに脚本のオリジナリティがあるのか。分からない。その先は来ないで。時間よ止まって。  止まってと願うのに、美しい姫と美しい王子の横顔はどんどん近づいていく。観衆がわーきゃーと静かに騒ぎ始めた。  僕は目を伏せて静かに体育館を出た。  ここまで胸が痛くなるなんて思わなかった。パラレルワールドでは、僕はお姫様をやっていたのかもしれないと思うとゾッとしたし、それと同じくらい羨ましいと思う自分もいた。  ちぐはぐ過ぎて僕の心はおかしくなりそうだった。おかしくておかしくて、今までの自分では決してできないようなこともできるような気がしてくる。  そういうわけで、僕は放課後を待たずに学校をバックれた。  ここにいたくなかった。がらんどうになった教室へ戻って、机にかかっているカバンを持ち、外套を羽織って階段を降りて昇降口に向かった。  下駄箱からブーツを出してそれを履いて、はあ、と白い息を視界に収めながら昇降口の扉から学校を後にする。  雪が降っていた。まだ誰も踏んでいない雪の絨毯に、僕一人で真っ直ぐな足跡を残した。この雪では生徒がこの道を通る頃には、きっと僕の足跡はすっかり消えているだろう。  傘もささないで、頬や鼻先に雪の冷たさを感じながらとぼとぼ歩いていった。  僕が急にいなくなって、学校では少し大ごとになるかもしれない。ならないかもしれない。そんなことどうでもいい。  

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