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留守番
僕の悩みのタネはあっという間に解決してしまった。
「次に会った時にごめんなさいしなさいな」
僕は頷いた。
エマがそう言うとできそうな気がしてくる。脳内でシミュレエションしてみた。レオに会う、そしたら肩を掴んで頭を下げればいい。ごめんなさいって、声は出ないけど伝わるように口を開こう。
大丈夫、できる。これはできる……できるぞ!
エマはゆのみの中のお茶をだいたい飲み干すと、壁にかかっている時計を見やって、まあ、と少し驚いたような声を出した。
「買い物に行く用事があったの。君の泣き顔が鮮烈すぎて忘れていた」
夕刻までに戻らないといけないのよ、と彼女は少し慌てたように言った。夕飯の買い出しかな、と首を傾げたらエマはちょっとお茶目な顔になって笑うんだった。少女のような笑みだった。いいな、って思った。僕もこんなふうに笑えたら、もっと色んな人と接点が持てるようになるのだろうか。
「文房具屋さんに行くのよ。私、消しゴムはんこが趣味でね……とっても奥が深いのよ」
今度作品を見てね、とエマは言う。僕は是非、という意味を込めて頷きながら、お暇しようと身支度を整えようとした。そしたら彼女はそれを遮る。
「すぐ戻ってくるから、それまでカステラの残りを食べていて」
僕は困惑した。主のいない家に他人が取り残されることは明らかにおかしな話だと思う。だからすぐにお暇した方がいい。そう思う一方で、出されたお茶菓子を残して帰るというのも失礼だなと感じた。その件に対して指摘されたのならば尚更だ。
それを素直に言えれば良かったのだが、声が無い。心の中でてんやわんやしているうちに、エマは立ち上がり軽い身のこなしで僕に挨拶をすると、引き止める余地もない速さで襖の向こうに消えていってしまった。
僕はあっという間に家に取り残されてしまった。エマがいない家は僕に冷たい閉塞感を与える。やにわに暖かかった室内が一気に居心地の悪い空間になった。
このままここに居ていいのだろうかという疑問が取り残された今でも消えない。今更勝手にお暇したところで鍵を持っていない。僕は強制的に留守番を任されてしまったらしい。
どうしようもなくて、脚を少し崩してカステラを引き寄せた。さっきは確かに魔法がかかったように元気になれやふるふるのカステラも、今はなんだかあまり魅力的には見えない。
一人になった瞬間、僕は本当にレオに謝ることができるのだろうか、という気持ちになってきた。エマが言ったように、ごめんなさい、といえば済むような話なのだろうか、とまた不安になってくる。
もしレオが僕に肩を掴まれた瞬間に僕の腕を弾いたら? その後に辛辣な態度で拒絶されたらどうしよう。全然簡単な話に思えなくなってきた。
ふと窓の外を見た。雪がさっきと変わらずに降り続いている。一向に止みそうにない。このまま一生降り続いて世界は雪に包まれそうなくらいだった。
指先が冷たくなってくる。しん、とした空間で無音が僕の背中をなぞった。心臓の震えが四肢の末端まで届いて、かたかたと震えるようだった。
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