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他愛もない会話
「全部食べたけど……当分は要らない」
僕は破顔する。
「しらすを入れると美味しいよ」
「……本当?」
「それから卵の黄身」
「黄身?」
「卵の黄色い部分。鰹節とかねぎとかも入れるといいよ」
「祖母は鰹節と梅干しの果肉を入れていた」
「ああ、それは美味しそう」
「そういえばこの間だし巻き玉子に大根おろしを乗せて醤油をかけて食べた。ルカが美味しいって言っていたから」
おお。僕は心の中でスタンディングオベーションをする。
「美味しかったでしょ」
「美味しかった、とても。大根おろしのおかげでさっぱりしていた。とても繊細な味だった」
「玉子焼きに納豆を入れても美味しいよ」
レオがあからさまに嫌そうな顔をした。僕は笑いを押し殺すことができない。
言葉に困っている。
可愛いと思うことは、おかしいことだろうか。
「ルカが好きなら……食べてみる……」
笑みが溢れて仕方ない。
他愛もない会話に、こんな何気無い場面に、僕はずっとずっと……憧れていた。僕には二度と手に入らない日常だと思っていた。嬉しいという言葉が通り過ぎていく。その先の感情を示す言葉を知らない。
だから今のこの気持ちに言葉という枠組みを与えることは難しい。代わりに彼と繋がった手をぎゅっと握り返した。
ルカ、と彼が僕の名前を呼んだ。
僕は顔を上げる。彼が笑った。朝日みたいに眩しい笑みだった。
「本当は留学することに積極的になれなかったんだ。でも母が留学先できっと素敵なものと出会えるからと、言って聞かなかった」
レオの裏話はなかなか興味深かった。
だけど雰囲気が終わりに差し掛かっているしんみりとしたものになっていて心が少しざわざわしたんだ。
「今は母にとても感謝している」
「それはよかった」
ちょっとそっけない言葉になったのは、胸が林檎を磨いた時のような音を立てたからだ。
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