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第4話 母乳クリーム
戻って来たマクタヌンから、女将さん特製お魚まぜまぜハンバーグ弁当を受け取り、ほくほくな俺。あったけえ弁当なんて久しぶりだ。
懐には金粒も入ってるし、色んな意味で懐あっためて家路に着いた。
ツリーハウス群を抜けたところは、蒼天に白い大地。
地平線に見える樹木の森の中、川縁に我が家がある。
開かれた場所に来て、後ろを振り返った。
「おい、もうこの先は隠れるとこねえぞ」
だから出てこいと、後ろの木に隠れているやつに声をかける。
マクタヌン家を出てからずっと俺の後をつけているから、気になって気になってしょうがなかったんだ。自宅まで我慢しようと思ったが、隠れるところのない場所を行く間に、諦めて帰られても何だか後味が悪いと思ったので、こうして声をかけた次第だ。ホラナに。
「気づいてたのか…」
「気づいてたわい。尾行下手くそだなおめー。つか、尾行する気あんま無えだろおめー」
言い当てられ、図星って顔でこっち見てくるホラナちゃん。本当に、ホラナちゃんと揶揄って可愛がってやりたい容姿だこいつは。オロンが可愛がる気持ちも分かるが、種付けされるとはなにごとだ。どう見たってホラナの方が種付けされちゃう顔だろうが。
ま、そのことは置いておいて。恋人同士がどんなプレイしてるかなんて想像してる暇あったら足動かして前に進んでないと、この極寒の地じゃ固まってしまう。
行きに掻き分けた跡をザクザク踏みしめて進み、もう隠れる気がないホラナを後ろに連れて、帰宅した。
あーさびい。四十路おっさん、まじ鼻水凍った。鼻毛も凍った。
今は仕事外だからサンタ服は着ていないのだ。
サンタ服は高性能機能付きだから、着てれば鼻毛は凍らなかったはずなんだがな。
しょうがないな。今はプライベート。仕事以外で着るなとサンタ保存協力協同組合からのお達しだ。俺は良いサンタなので規則は遵守する方だぞ。
「オロンは? オロンはどこだ?」
勝手に入って来たホラナちゃんはオロオロした様子でいる。オロンの寝室はあっちだと無言で指差せば、脱兎のごとく駆け出して机に膝ぶつけて「いで!」となりつつも扉を開け、オロンが寝てる部屋へと入って行った。
焦るな焦るな若者よ。
おめーの恋人はまだ寝てんのよ。
そう声をかけるのも面倒で、俺は黙々とペチカの火を大きくした。
部屋の中が温もりに充たされていく。
蒸留酒を煽り、乾き物をつまみながら湯を沸かした。
ワタゲはオロンと一緒に寝ている。
寝室に入れば、寝ているオロンの横でホラナが所在なく立っていた。
ワタゲが知らないやつの気配で目覚めたのか、「ぅふえふえ」啼いている。
「オロン…やばいのか? 熱が出たって、あんた言ってたから、てっきり顔赤いんだと思ってたけど……顔色が悪い」
「ああ、熱が出たのは昨日のこった。今朝方には大分下がってたぞ。今は寝てるだけだが…顔色悪ぃのは出産で血ぃ出したからだろ。悪露も続いてるしな」
出産て、まじヤバイよな。あそこが仔の大きさに開くんだもんな。
そりゃあ体内からドバーするよな。なかなかのグロテスクさだったあれは。
悪露ってやつも、ずっと出続けるから貧血にもなるわそりゃあ。
更に熱出て普段の変態さも引っ込んだオロンは、そりゃあ儚げでやばそうに見える。元々、色白だった肌が益々白く薄く透き通ったようになって、病人というよりもはや死体に近い。
だが案ずることなかれ。心臓は動いてるし、飯の時間になると自動的に起き上がって、クリスマスのお祝いで貰ったサフランパンをもりもり食うから。それからまた寝る。
寝ているとこすいませんねーと心の中で謝りながら、俺はオロンの服を脱がしにかかった。
「な…! なにしてんだおまえ!」
「うっせーわ。ワタゲに飯やるんだよ。ここ見ろ」
オロンの着ているシャツを開け胸の部分を指差す。肌色ではない色の突起物の周りは白く汚れている。それは薄く幕を張り乾いたところもあるが、乳首の穴から溢れ出てくる量に間に合わず、乾いてないところは垂れ下がってクリーム状だ。
「これ、何…?」
「母乳だ。ワタゲの啼き声に反応してんだってよ」
母体って不思議だよな。オロン自身は寝ていて無意識だろうに、赤仔の啼き声を聞いて、体が勝手に母乳を生成してしまうんだとよ。まだ初乳であるそれは、やや黄色で粘性がある。
仔鹿姿のワタゲを持ち上げオロンの胸に降ろす。
そうするとワタゲは乳首探して勝手に飲む。これも本能だ。
ちゅっちゅちゅぱちゅぱワタゲが命の水(母乳のこった)を吸引する音が響く。
がむしゃらに吸いついて、これは俺のだとばかりの主張。
まだこんなに小せえのに、逞しいよな。
そろそろかなと、ワタゲのふわふわ毛むくじゃら胴体をしっかり持って、上に吊る。
「けぷっ」と、ちょっとゲップを出したワタゲ。
今のは腹押したから出ただけだよな。まだイケルか? 飲むか? と、オロンのもう片方の乳首にも吸いつかせた。すかさず、ちゅくちゅく飲みだすワタゲの口端からは母乳の一雫が垂れ、綿のような顎毛に吸い込まれた。
一時間ばかり初乳を飲んで、ワタゲはまた眠りに就いた。
いっぱい飲めて満足そうな顔だ。オロンの体調は悪いのに、しっかり乳を出している様子を見ていると、まるでオロンが命を削って子供に乳を与えているように思える。
こういう光景見ちまうとな、オッサンもう40歳だから目頭熱くなんのよ。
ホラナも何かショック受けたような顔してる。
これで命の責任でも芽生えてくれると助かるがねえ。
その日、ホラナはオロンとワタゲの傍を片時も離れず夜を明かした。
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