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第5話 ミルクの攻防
早朝、ワタゲに俺特製手作りミルクをやる。
オロンから出る初乳は、昨夜みたいに乳が張って勝手に流れてる時は飲ませ、出ない時は無理しなくて良いと医者から教わっている。
今は胸の腫れが治まって乳が溢れていなかった。
こういう時は無理に乳首を含ませるとオロンの負担になるそうだ。
母体の安静の為、今朝は代用の粉ミルクで勘弁だぞワタゲ。
ワタゲは好き嫌いしないでちゃんと哺乳瓶から飲む。選り好みしない仔で助かった。
「それ、俺もやりたい」
ホラナが哺乳瓶でのミルクやりを買って出た。
遠慮するものでもないのでホラナに任せる。ここに座れとペチカの前を譲り、ワタゲを腕に抱かせて哺乳瓶の持ち方を教える。
ホラナは素直なやつで、「うん」と一つ頷いた後に教えた通り授乳できた。
けっこう様になってんじゃねえか、新米父ちゃん。
ワタゲはホラナに任せて、俺は雪かきをしに外へと出る。
シャベルを背中に担いで、うーーんと背筋を伸ばす。
赤仔生まれてから走り込みも出来てなかったからな。筋固まってる。
体がなまってしょうがねえや。
スキットルから酒を飲む。
ごくごく…くはー! この一杯の為に生きてる。
雪かき一時間、ちょびちょび酒飲みながら体を動かし続けてたら暑くなってきた。
上のセーターを脱ぐ。中のシャツも、脱いでまえ。
ウッホー!な状態で更に一時間、屋根から玄関、家の前まで続く道をザックザク。雪を掻き分け、積み上げて雪道を築き上げてやった。
「おい、ゴリラ」
誰がゴリラだ。ウホッ。
声がした方を向けば、ホラナがエプロン姿で両手を腰に当てて「飯だぞ早くこい」と呼んでた。
えーお前、料理できるの? あの男所帯なのに?
女将さんに料理教わったとかそういうパターンかな?と、半信半疑ながら道具片付けて家の中に入る。
テーブルには昨日、女将さんにお裾分けして貰ったものが並んでいた。
なんだ。ペチカの火であっため直しただけじゃねえか。
まあでも、温かい料理は久しぶりだ。喜んどこう。
お魚ハンバーグ弁当は昨夜に食っちまったけど、他にも貰った総菜がたんまりだ。
どれも旨そー。
「オロンはまだ起きてねえ?」
前菜のキノコマリネを口に含みながらホラナに訊く。
ディルの風味が生きてて旨いなこれ。ちらっと台所に目をやったら、まな板の上にディルが刻んで置いてあった。ホラナが付け足してくれたのか。
そうすっとやっぱこいつ料理できるマンか?
「うん…熱は、引いたみたいだけど…」
スクエアパンにクロマメノキのジャムを塗りながらホラナが答えた。
ワタゲにミルクやってから、オロンの様子を見てたらしい。
「まだ顔色悪くて…一回、目が覚めたから気分はどうだってきいたら飯食べたいって。だから飯作ったんだけど、起こしに行っても起きなかった。もっかい声かけた方がいい?」
「あーいや、寝かせておいてやろう。あいつにゃ休息が必要だろ。腹減ったらまた起きるさ」
産後の症状は日にち薬だって医者も言ってた。特に薬で治すものでもないらしい。日が経てば直る。だからそれまで、そっと寝かせておいてやるしかねえ。ワタゲのことは新米父ちゃんが看るから大丈夫だ。
メインである鯉のカツレツをもしゃもしゃして、ホラナも白樺ジュースをぐいっと飲み干した時だった。
隣の寝室から「ぇふえぇぇ」と聞き慣れた啼き声。
「くふっ、坊主が先にお目覚めだ」
なぜか笑いが込み上げる。
ワタゲの啼声は可愛い。
赤ん坊ってのは、「あんぎゃああ」とか「うぎゃああ」って怪獣みたいに泣き叫ぶもんだと思ってたから、ワタゲの「ぇふえぇ」を聴くと、どうにも胸の辺りがくすぐったくなる。
昔いた俺の弟たちとは全然違うんだ。おふくろが四苦八苦して怪獣共の面倒見てたのが懐かしい。あいつらより格段に、ワタゲは上品な赤仔だ。
逆にホラナはそう思ってないようで、ワタゲが泣いたら顔をしかめた。
おいおい、そんな面ぁしてっと、ワタゲが余計に泣くだろが。
壁に掛けてある魔法時計を見れば、ミルクの時間だ。
朝と同じように、ホラナがワタゲを抱えて哺乳瓶を近づけるが、ワタゲは飲み口を銜えた途端に手足をじたばたさせた。
「ぅええええーー」
「うお。どうした何暴れてんだ」
新米父ちゃんホラナ、びびって哺乳瓶を落とす。
ごろごろ転がっていく哺乳瓶を俺が拾った。
「おーおー、ご機嫌悪いのかねえ」
床に転がって、汚れてしまった飲み口を新しいのに替え、再度ホラナに手渡すが…。
「俺じゃ駄目なのかもしれない」
そう言って俺と交代した。
ワタゲを腕に寝かせる。小さなワタゲは俺の二の腕を枕に仰向け。瞳はまだ見えてないはずだが、そこから期待の眼差しを受けている気がするのはどういうこった。本当に俺がミルクやった方がいいのだろうか。
さっきまでの手足ジタバタは確かに無くなって、大人しく飲み口を、そのちっちゃなお口に銜えるワタゲ。じゅるじゅる ごきゅごきゅ 喉鳴らしてミルクを吸い上げていく。
えらい吸引力だなワタゲよ。
「やっぱ、あんたの方が父親だと思ってんだ」
ホラナが悔しそうに怒気を込めてキッと睨んできた。
なんでだ。俺が何したってんだ。人畜無害なオッサンに対して失礼だぞ。
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