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第6話 沼から救出

ワタゲは俺の手ずからミルクをごきゅごきゅ飲み、オロンの乳から垂れる母乳も小さい舌でなめなめしてちうちう吸って、健やかに過ごしている。 ホラナは一時むくれていたが、オロンが「あれれー? どうしてここにホラナちゃんいるの?」と起き出してからは甲斐甲斐しくオロンの世話ばかり焼くようになった。 「オロン、これ食って」 「おいしい。ホラナちゃんの手作りって初めてだよお」 「そ、そか。もっと作ってやる」 「うん。ありがとー。ホラナちゃんも食べて。あーん」 二鹿してウハーを食べさせ合いっこ始めた。何アレあのリア充ども。 ウハーてのは色んな種類の鱒をぶつ切りにして煮込んだスープのことだ。基本は塩味だがチーズやバター溶かしたりするとべらぼうにうめえ。 オロンはホラナを褒めまくる。やれ飯が旨いだ。子守りありがとうだ。掃除してくれてありがとうと、よいしょしまくる。産んだばかりの頃は金玉もぐとまで言ってたくせに、いざ世話焼かれたらデレデレのラブラブだ。 確かに朝昼晩の料理は完全にホラナの領域になりつつある。 男所帯を仕切る女将さんから習ったという料理は、豪快な盛り付けだが食材の味を存分に生かした繊細な味付けで、舌の上で踊るうまさだよ。 子守も、ミルクあげる以外のことはできる。ワタゲを抱っこしてあやしたり、子守歌をうたって寝かしつけ親子三人で寝たりと、なんだかとってもファミリー。 掃除もそうだが洗濯など、家事も積極的に手伝ってくれる。俺はロードワークに行くことが多いから、家のことって今までもあんま真面目にしてねえんだ。ホラナが家事やってくれるとマジ助かる。前より家の中が美しくなった気がするんだ。 明るい我が家。独り身だった頃に比べてなんとアットホームなことか。 …て、今も独り身だけどな。 鹿二人が盛り上がって、うっふんあっはんし出した時の切なさよ。 ワタゲ抱っこして外へと散歩に出かけるしかないわな。 俺、かわいそくない? 四十路も折り返しのオッサン独り暮らし。血縁者なし。 魔法動物の仔供を肩車して針葉樹林の松根をゆく。せめて茸でも採らにゃ気が済まん。食用茸を探し、見つけたらウホホイと採って、持ってきた籠に入れる。 籠を使うから幼児なワタゲは肩にまたがり俺の後頭部を枕におやすむである。 しかし、そのワタゲが──── 「お。れーヴん、れぶんぶん」 まどろんでたはずなのに突如、俺の名前をおもろげに呼びながら、薄くなりかけている頭皮を叩く。やめてオッサンの毛が抜けたらどうすんの。 往年のふさふさはワタゲが成長すると共に散っていったんだ。恐ろしいよな育児って。 「あんだあ?」 と、リンゴンベリーを摘みながら聞き返す。 鮮やかな赤色に惹かれて、ついつい手を出してしまうリンゴンベリーは、酸味が強く肉料理のソースによく合う。 「あっちあっち」と、人間の6-7歳児並の姿に成長したワタゲが指差す方角へ行ってみる。 ワタゲの鼻はかなりいい。人型でも、根っこが魔法動物であるのは変わらない。 魔法動物特有の鋭敏な鼻が、何かを嗅ぎ取ったんだろう。沼地の方を指す。沼地は危険地帯だからワタゲには一人で行くなと厳命してある方向だ。保護者と一緒に気をつけて行かねえと、落ち葉に隠れた沼に気づかず足を取られる可能性があるからだ。 「あ、やべえな」 どうやら小さな動物が泥沼にハマったようだ。 泥色した物体が、抜け出せないで、もがいている。 もがけばもがくほど深みにハマって体まで引きずり込まれ、ついには頭まで飲み込まれ窒息死ってのがやばい落ちだ。そうなる前に助け出さにゃ。 幸い、溺れた先は沼の縁からそう遠くないところだ。 ワタゲに枯れ枝や葉っぱを集めさせ、その間に俺は適当な樹木を蹴り倒して丸太を手に入れよう。 ちょっと気合いれてキックすりゃ、バキッ バキバキバキッッッ ズシャアアアアアアと景気よく倒れた木。 枝を手刀で払えば、手頃な丸太んぼうの完成だ。 できたら表面を削って平行にしたかったが、そこまで加工してたら沼ハマリ中の動物死ぬ。 せっかく見つけてやれたのに目の前で死なれたら嫌だし、オッサンちょっと頑張ったわけだ。 ワタゲはちゃんと俺の言うこと聞いて沼から離れたところで葉や小枝を集め、沼縁にこんもりお山を作ってくれた。 えらいえらいと褒めるとワタゲはにこにこ笑顔になる。 白く、ふわふわの髪の毛がゆらゆら風に揺れてて本当に綿帽子みてえ。手触りもコットンみたいで、ふかふかだ。いつまででも撫でていたいが、今は救出が先だった。 こんもり枯れ木お山を崩す。 沼縁から溺れた動物のところまで枯れ枝葉っぱ絨毯ができた。この上を渡って救出してもいいが、オッサンちょっと並より体重あるから(脂肪じゃない筋肉だ)丸太の出番というわけ。 何百キロあるか分かんねえけど、ちょっと気合入れて倒した丸太を「おりゃああああああ」と持ち上げ沼方面に落っことす。 お、意外と沼が小さい。 丸太もでかかったみてえで、沼の反対側の縁へ、やすやすと渡せた。 思った以上に安全に丸太の上を歩き、小動物を助けた。 泥だらけで形がいまいち分からねえ小動物だが、この辺の生き物ならリスかな。尻尾がそこまででかくねえけどな。もしかしたら犬かもしれん。判然としない生き物は腕の中でぐってりしてるので、急いで茸やベリー類を収穫した籠も背負って、家へと帰った。 俺が全速力で走ると、人型だと追いつけないのを知っているワタゲは、魔法動物の姿でついてきた。

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