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臆病者 1
講義が始まるまでは暇だ。今日は翔ちゃんもいないし。暇な時はスマホを弄るに限る。
真ん中のボタンを押して、一番上の左から二番目をタップ。するとすぐに可愛い裕二くんの写真が現れた。部屋で勉強をしている時に、不意に撮影しただけなのに可愛い。
一昨日セックスしたばっかりだから、また来週までおあずけだ。出来たら金曜か土曜に泊まりに来て欲しいけど、それは流石に親御さんへ何て説明すればいいかわからない。
初めての日だけは俺の部屋でしたが、それ以降は彼の家に誰もいない時だけ。彼の母親は近所のママ友の家にお茶しに行くことが多いので頻繁にチャンスがある。
画面を指で滑らかに動かすと、次々と裕二くんの可愛い写真が流れてくる。だけどハメ撮りのところだけ素早く動かす。本当はじっくり見たいけど人に見られたら完全にアウトだ。
指が次々に画面を滑らかにスライドしていく。この固い液晶を擦り抜けて、画像の裕二くんに触れられたらいいのに。
(早く技術が進んで、映像が飛び出てくるようにならないかなー…)
「うわー…高校生の写真見てニヤニヤしてる…引くわ…」
反射的にスマホを隠す。ハメ撮り見られてないよな? 恐る恐る横に視線を移すと、樹 が気怠そうに隣に座った。
樹は俺と同じで同性が恋愛対象。ハッテン場で一度遭遇した時、同じ大学に通ってることを知って意気投合した。因みに身体の関係はない。結構好みの顔と身体をしているが、〝友達〟から入るとどうしてもセックスをする想像が出来ない。
「可愛いもの見て何が悪い」
「あーあ、その子可哀想〜。こんなヤリチンに遊ばれて〜」
「遊んでないし。樹、機嫌悪いのか?」
「べーつにー」
「嘘つけ。あ、とうとう恋人に愛想つかされたとか?」
彼には最近恋人が出来たようで、惚気を聞かされっぱなし。年上の二十五歳らしく、優しくてセックスも上手いんだと。彼がこんなにデレデレしているのを見て、どれだけ格好いい恋人なのかと想像が膨らんだが写真を見る限り普通だった。優しそうだけど、元彼の写真はイケメンばっかりだったし、樹はもっと見た目に拘るタイプかと思っていたから意外だ。
「愛想なんか尽かされてません〜。寧ろ愛想尽かしたのは俺の方!」
机に荷物をバシンッと叩きつけて、樹は教科書とノートを取り出す。
これは地雷を踏んだようだ。あんなに幸せそうだったのに、人間同士が付き合っていくのって難しい。俺も裕二くんと付き合ったら、今のような雰囲気はいつか壊れてしまうのだろうか。先輩の時のように、あんな辛い思いをするのだろうか。
「山崎さんさぁ…本当ムカつくんだよ。俺のスマホ勝手に見るし、束縛ウザい…」
余程鬱憤 が溜まっていたのか、樹は訊いてもいないのに彼氏とのことを話始めた。
「あんなに好き好き言ってたんだから、束縛されて嬉しいんじゃないの?」
「程度によるの。あの人、俺がスマホの暗証番号押してるとここっそり見て勝手に中見てたんだよ? それで〝これ誰?〟とか怒ってきてさぁ、ほんっと無理」
「……で、別れたの?」
「別れてないけど…そういうの疲れるって言ったらショック受けちゃって。ちょっと頭冷やすから連絡しないって言われた。何か勝手に怒って勝手に傷ついて、大人の余裕見せてた頃の山崎さんじゃない…」
「本当に好きって言ってたのに、その程度でダメになるもん?」
「その時は本当に好きだったの! 思ってたイメージと違ったんだよ」
──先生にとっては遊びかも知んねーけど…俺は本当に好き…だから先生と繋がんなきゃこんなのする意味ない。
少し前のセックスの時、裕二くんにそう言われた。彼の中で、きっと俺は遊び人だと思われている。そりゃ初日にキスしたり、怖いと言う彼に陰茎を突っ込んだから、セックス目当てだと思われてもしょうがない。実際彼に会うまではそうだったし。
彼の中で、俺はきっと余裕のある大人のイメージなんだろう。だからあんな風に懐いてる。高校一年生から見て、大学生の俺は〝大人〟だ。
「達哉も嫉妬深いと、その高校生に逃げられちゃうよ」
逃げられちゃう、という言葉を噛み締める。逃げてほしくない。ずっとそばにいて欲しい。
「なぁ、樹。セフレが嫉妬してきたらどう思う?」
樹の目が、何その質問、という言葉を孕んでいる。
「論外。セフレが何勘違いしてんの? 立場を弁えろって感じ」
その言葉が槍の形になって俺の頭にぐさりと刺さる。俺はそれ以上質問する気が一気になくなった。
何で元気なくなってんの? 達哉セフレいたの? あの高校生は? 黙った俺に樹の質問が次々に飛んでくる。
「その子とは付き合ってなくて、セックスだけしてる。でもそろそろ告白しようかなって…」
「うわー…達哉、それはダメだって。セフレから恋人に昇格は無理」
翔ちゃんと同じことを言われ、俺は再び黙るしかない。そんなこと俺だってわかっている。でも、俺たちの関係はセフレとは少し違うのだ。それが俺にこんな迷いを生じさせる。
「その高校生は付き合って欲しいって言ってんの?」
「好きとは言われたけど、付き合ってとは言われてない……」
「微妙だな……でも好きって言われてるなら脈ありじゃない?」
付き合えたとしても、男同士で手を繋いでいれば、まだまだ変な目で見られることは多い。彼はノンケで、俺はそれを無理矢理男を受け入れるように持っていっただけ。男と付き合うということを、彼がどう考えているのかはわからない。
それに裕二くんと会うのは家庭教師の時だけで、彼はデートをしたいとは言わない。彼の言葉を真に受けて、もしフラれたら俺はどうなってしまうんだろう。
「さっきの質問って、達哉が嫉妬深いから聞いてきた訳?」
俺は力なく首を縦に振る。自分が嫉妬深いと自覚したのは裕二くんとこういう仲になってから。先輩と付き合っている時も嫉妬することはあったが、裕二くんに対しては、彼が年下だからなのか、自分の中の独占欲が強めだ。付き合えば、きっと樹の恋人みたいなことをしてしまう気がする。
「とりあえず、もうちょい様子見たら? あと嫉妬は抑えめでね。じゃないと、俺たちみたいになっちゃうよ」
樹は溜息を吐いて、スマホをいじり出す。俺も机の上のスマホを持ち上げ、裕二くんからのLINEを見返す。
〈今日先生来るの楽しみ!〉
本当の気持ちを伝えること、フラれること、付き合えたとしても別れてしまうかもしれないこと。
人を好きになると、途端に俺は臆病者になる。
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