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臆病者 2

 裕二くんの家庭教師は火曜と金曜の週二回。彼の母親が家にあまりいないのは金曜の夜。だけどそんな日が毎回ある訳じゃなく、俺はかなりの生き地獄だ。我慢できなくてちょっかいを出してしまうが、最後まで出来る日は稀だ。  いつものように彼の家に向かい、道を曲がる。すると二人乗りの自転車が、門の前でキキッと音を立てて止まるのが見えた。 「先生来る時間ギリギリ! 危ねー! 誠、サンキューな」  自転車の後ろに立ち乗りしていたブレザー姿の裕二くんが、笑いながらひらりと地面に降りた。さっきまでオレ以外の男の肩を掴んでいたことに、胸の奥がちり…と音を立てる。 「いいって。じゃ、勉強頑張れよ。終わったらLINEして」 「うん」  声が低くて、身長もガタイも俺より大きそうな同級生。よく写真に一緒に写ってる子だ。裕二くんといつも一緒にいて、LINEをする仲。また胸の奥が、変な音を立てる。 「誠、また月曜日な」 「……なぁ、裕二」 「ん? どした?」 「お前ちゃんと飯食えよ。金曜日いつも昼飯抜いてんじゃん。次フラフラしても支えてやんねーからな」 「わかってるって。でもあんまり腹減らないんだよなー」  金曜日、彼は俺とセックスをする為に昼飯を抜いているらしい。男同士だから、挿入される側が洗浄をしなければならない。その際、摂取する食べ物が少ない方が早く終われる。  自分は楽に腰を振るだけに対し、彼に負担をかけてしまっていることを再確認して申し訳なくなる。 「じゃーな、裕二」  同級生らしき子は裕二くんと楽しそうに話し込んだ後、颯爽と自転車を漕いで帰って行った。門に手をかける裕二くんに声をかけると、彼の綺麗な顔が俺の方を向いた。 「達哉先生!」 「こんばんは。今帰ってきたの?」 「そうそう、教室で話し込んでたら遅くなっちゃって、自転車で送ってもらったんだ。危うく先生待たすとこだった」  玄関に促され、そのまま二人で彼の部屋へと上がる。彼が机に荷物を置いた瞬間、俺は彼の唇を無理矢理奪った。裕二くんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに俺の唇を受け入れた。こうやって、彼は何でも飲み込みが早い。勉強も俺とのセックスだって。  セックスが気持ちいいことだと知ったこの子は、もし他の男に興味を持てば自分から誘ったりするようになるのだろうか。 「……先生どうしたんだよ…なんか、怒ってる?」 「……怒ってないよ」 「だったらいいけど…」  怒ってるように見えるんだろうか。  だとしたら俺は一体何に怒っているんだろう。 「あ、あの先生。今日はキスしないで欲しい……」 「……どうして?」 「キスしたらやりたくなるし……でも今日お母さんいるし、洗ってないから……」 「やりたくなるって、何を?」  わかっている癖にわざと耳や首を愛撫する。こうすれば、彼がセックスをしたくなるのはわかっている。でも、俺は彼の口から聞きたいのだ。 「だから、セックスの練習やりたくなるから……」 「誰と?」 「達哉先生と…あ…もぉ聞いてって……ん、んぅ…」  また唇を塞ぐと、すぐに彼は舌を絡めてくる。しちゃダメなのに、したくなる身体。それはおそらく、俺以外にだって簡単に反応してしまうのだろう。 「あの子に支えて貰ったの?」  唇を離し、裕二くんの髪の毛を撫でた。 「達哉先生、なに…急に……」 「フラフラになってまで、無理に洗浄なんてしなくてもいいよ」 「……先生?」  さっきの彼に支えてもらった裕二くんを想像する。彼の身体に他の男が触れる場面。それを消したくてまた彼の唇を塞ぎ、そのまま首や耳も愛撫した。 「んっ…んん……せんせ…」  何故だか異様にムシャクシャする。ただ、自転車に二人乗りしていただけなのに。笑っていた彼の顔、置かれた手、親密そうな会話。その全てに苛々とする。 「先生ダメだって! お母さん来るし、洗浄……」  裕二くんの手が俺を遮る。困った顔。さっきはあの同級生に笑いかけていたのに。  どうしてかな、君がそんな顔をすればするほど、そのブレザーもシャツも脱がして俺のモノを挿れたくなる。何故だか今は、君の感じている顔が見たい。あの同級生が見ることがないであろう顔が。そんなことを考えてしまう自分が、凄く嫌だ。 「……〝練習〟なのに無理にするのはよくないよね。ごめん」 「先生どうしたんだよ、なんか怖い……」  ‪──怖い。その言葉に胸が痛む。俺はどんな顔をして彼にキスをしていたのだろう。 「なんにもないよ。裕二くんが着替えるまで、本読んでるから、準備出来たら言って」 「……う、うん」  裕二くんが準備出来ると、わからないところがあれば聞いてとだけ伝えて俺は読書をする。なるべく彼の隣には座らないように努める。裕二くんはチラチラと俺を見るが、なにも質問はしてこない。  彼のシャープペンシルが動く音、テキストをめくる音、俺が本を捲る音。何も会話がない時間。母親が休憩の菓子を持ってきても、裕二くんは何も喋らず、俺と彼の母親の会話だけが部屋に響いた。

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