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臆病者 3

 いつもはあっという間のバイトも、今日は一分一分が長い。ようやくスマートフォンのアラームが鳴ると、俺は本を鞄の中に仕舞った。 「裕二くん、わからないところ大丈夫? 何も質問なかったけど、全部理解出来た?」  机に近づき、テキストの問題を解いた彼のノートを見ると、何問か抜けている。 「どうして聞かないの?」 「あ、後で聞こうと思ってて……」 「テストでは後回しにしてもいいと思うけど、俺はそれを埋める為にいるんだから、わからない時はちゃんと聞いて」 「……ごめんなさい」  少し時間を延長して、抜けていた部分を説明する。その間も彼の身体が強張ってるのがわかる。きっと、彼は今俺を怖がっている。無理矢理自分を抱こうとした俺に。余裕のない大人に。  ‪──セフレが何勘違いしてんの。  ああ、本当に樹の言う通りだ。自分勝手な感情をぶつけて彼を傷つける自分に腹が立つ。こんな自分を、これ以上彼に見せたくない。 「裕二くん、他にわからないところは?」 「今日はもうないけど……」 「そう? じゃ、俺帰るね。お疲れ様」 「あ、先生!」  机から離れようとする俺の腕を、裕二くんが掴む。 「何?」 「明日……先生の家行っていい?」  用事があるからごめんね。そう伝えると彼は悲しそうな顔をした。本当は予定なんてないし、俺も彼と家で過ごしたい。だが俺は彼の初体験以来、彼を家に呼ぶのを避けていた。この子が部屋に来たら、きっと帰せなくなる。 「先生怒ってるよな? 俺が出来ないって言ったから?」 「違うよ、ちょっと疲れてるだけ。そんなの気にしてたの?」 「そんなのって…今日の先生いつもと違うし……」 「疲れてるだけだって。出来ないくらいで怒らないよ」  嘘。本当は出来ないことが悲しい。状況的に無理なのはわかっているが、君に一瞬でも拒否されたことが悲しい。 「俺は先生とヤリたいよ……一人でやっちゃダメって先生が言うし、今日出来ないの、俺は辛い」  俺の腕を掴む裕二くんの手に力が入る。  初めてセックスをした日から、彼にはオナニーしないように言いつけている。それは俺が来る日を待ち遠しくさせるため。俺が欲しくて欲しくてしょうがない身体にさせるため。自分からそう仕向けたくせに、今は少し後悔している。  彼が欲しいのは、俺自身じゃなくて彼の穴を満たすものなのかもしれない。そう考えるとまた悲しくなる。 「今日から一人でやってもいいよ」 「え……」 「だったら俺としなくても我慢出来るでしょ」 「で、でも、俺は先生と……」 「俺と? じゃあ今、俺の目の前でやってみたら」 「め、目の前とか…ンなの恥ずかしい」 「いつもはもっと恥ずかしいことしてるのに?」 「〜〜っ…それとは、別」 「じゃあ来週までおあずけ。だけど来週も出来なかったらまた我慢だよ。どうする?」  恥ずかしがる裕二くんを引き寄せ耳にキスをする。すぐにびくっと身体を揺らし、可愛い声が漏れてくる。本当は俺もやりたいけど、今日は出来ないのがもどかしい。しかしもし出来ても、俺は今日きっと彼に酷いことをしてしまいそうで怖い。 「先生ズルいって。そんなのされたら俺勃つから…」 「勃っちゃったら収めるしかないよね。裕二くんはどうやって収めるの? ほら、早く見せて」  裕二くんはおずおずとデニムをずらし、勃ち始めた陰茎を見せた。恥ずかしそうな表情で俺をチラリと見て椅子に腰掛け、彼の右手がその陰茎を上下に扱き始めた。  勉強机の椅子に座り自慰をする教え子を、俺は向かいのベッドで脚を組んで眺める。やっぱり俺は最低だ。 「はぁっ…はぁっ……」  目を瞑って扱く彼に、俺を見るように指示する。すると彼は恥ずかしそうに顔を赤らめ、素直にこちらを向いた。 「先生、恥ずかしいからそんな見んなって……っはぁ……ん…」  彼の手が上下に動く。 「こら、下向かない。こっち見て」 「ん…ンン…ッ…はぁっ…はぁっ……せんせ…恥ずかしい…」 「もうやらしいお汁がたくさん出てる。そんなにセックスしたいの?」 「ん…達哉先生とセックスするの好き…だから、それ思い出したらすぐ勃つ……」  俺にしか見せない顔と恥ずかしい姿をさらけ出してくれる彼に、さっきまで苛立っていた気持ちが落ち着いていく。 「俺とのセックス思い出すだけでそうなっちゃうなんて、君はやらしい子だね」 「ん、ん……でも、これじゃ足りない」  彼の亀頭から透明な汁が溢れる。俺を見て、俺とのセックスを想像して興奮している裕二くん。ベッドからゆっくりと立ち上がり、彼に近づく。 「……何が足りないの?」 「達哉先生のおちんちん挿れてもらわねーと…足り、ない…」  ぬちぬちとやらしい音が立ち始める。 「俺のが欲しい?」 「ん…欲しい…先生のおっきなおちんちん…挿れて欲しい……」  その言葉にぞわりと背中の表面が粟立つ。気持ち良さそうな顔で陰茎を自分で扱く裕二くん。可愛いくて今すぐ挿入したい。彼を自分だけのものにしたい。だけど…… 「君が欲しいのは、それだけ?」 「え……?」  俺の陰茎だけが欲しい? 俺自身は要らない? 大人げない質問が浮かび上がったが、言葉にするのは控えた。  俺は君に、俺自身を求めて欲しい。セックスだけじゃなくて、それ以外でも繋がりたい。  ああ、言ってしまおうか。君と付き合いたいって。俺は君自身が欲しくて堪らないって。 「裕二くん…俺は…」  コンコン。外から響くノックの音。裕二くんは慌ててデニムを引き上げた。 「柏原先生〜? お時間過ぎてますけど大丈夫ですか〜?」  彼の母親の声が外から聞こえる。  もう終わることを伝えると、母親はドアを開けることなく立ち去っていった。 「先生、俺……」 「やっぱり家では危険だね。そろそろ帰るよ。また来週」  裕二くんの身体が俺に近づき、そのまま抱きつかれた。ほとんど変わらない身長。水が弾けるような肌。全てが愛おしくて、彼に対する想いは溢れるばかり。 「……裕二くんどうしたの」 「来週はお母さんいてもセックスの練習やろ」 「……そんな無理にやらなくても良いよ」 「違うよ、俺が先生とやりたいんだって。来週は絶対やろ。声我慢する…」 「……すっかりやらしい子になっちゃったね」 「先生も他の人とやったら嫌だからな……俺以外ともしやったら怒るから」  裕二くんは俺の肩にぐりぐりと顔を埋める。  自分以外として欲しくない、その言葉は今一番嬉しい。〝もっと俺を独占して〟そんな格好の悪い言葉を飲み込み、彼の身体を抱きしめるだけにとどめる。 「……達哉先生、帰る前にもう一回キスして」 「いいよ」 「ん…ん……♡」  俺のことが大好きな裕二くん。もしかしたら、本当に付き合ってくれるのかもしれない。だけど俺はまだ言い出せない。君と付き合いたいってことが。君が世界で一番好きだってことが。  君が他の男や女といるだけで嫉妬して一人でさせてしまう俺は、付き合えば君をきっと苦しませる。出来れば俺は、君に対して優しくいたい。自分の醜い感情をぶつけたくない。  君が離れてしまうことが、今の俺は何よりも怖い。

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