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先輩 1

 結局明け方まで眠れず、土曜日の昼過ぎに目が覚めた。裕二くんに嘘をついた俺は結局やることがなくて暇だ。テレビをつけても面白くなく、気分を変えるために街に出る。  電車で十五分程乗れば大都会。住んでいた地元は車移動しなきゃ無理だったから、こういう時に都会に住んでいるのは得だなと思う。  特に何を買うわけでもなく、人が混雑する大通りをあてもなく歩く。路面店のセレクトショップに入っても、俺の頭はぼんやりしていて適当に服を眺めるだけ。ふと新作入荷の棚を眺めると、そこには俺が高校生の時に爆発的に流行ったブランドが新進気鋭のデザイナーと組んだコラボ商品が置いてあって思わず手に取った。  付き合った先輩がこのブランドのデザインが好きだったから、田舎から都会に二人でよく買い物に行った。白を基調としたシンプルなショップに感動したり、限定モノを手に入れたり。それも楽しかったが、何より二人で遠出するのが楽しみだった。行きと帰りの電車。誰も知り合いがいない街で手を繋いだり。  あんなことを裕二くんと出来たら……。 (結局裕二くんのこと考えてるし…) 「あの…」  隣から声が聞こえる。無意識に棚を独占していたようだ。「すみません」とだけ言って棚を離れようとしたが、声をかけてきた人物に腕を掴まれた。 「やっぱり達哉だ。久しぶり」 「……晶先輩?」  声をかけてきたのは俺が高校生の頃一番好きだった人だった。俺より少し小柄な168センチの彼は、少し中性的の顔。校内の女装コンテストで一位にもなるくらい。だけど俺は女装した先輩の姿は嫌いだった。先輩は、そのままで充分素敵だ。 「地元からこっちに出てきたの?」 「あ、はい。K大学に通ってて……」 「えー! すっごい頭良いとこじゃん。達哉頭良かったもんね〜」 「先輩は……今就職してるんですか?」 「そうそうアパレルでね。でもすっごい偶然。ね、この後用事なかったらお茶でもしない?」  用事のない俺は断る理由もなく、そのまま先輩にカフェへと連れて行かれた。都会らしいインテリアに凝ったカフェ。あたたかみのある木材の広めのテーブル席に案内され、先輩はカフェラテを頼み、俺はコーヒーを頼んだ。 「もー仕事すっごくキツくってさー。俺はプレス志望なのに現場を経験しろって店舗回されてんの。土曜日に休みとかあんまりないから今日はラッキー」 「大変そうですね。でも、休みの日でも服屋には行くんですね」 「職業病だよ。土曜日は客足が多いから他のショップの展開とかも力入れるとこが多いし。もーやんなっちゃう」  三年ぶりぐらいに会う先輩とは、まるでずっと会っていたかのように話が弾む。あの時、あんなに泣いたのが嘘みたいに。時間はいつのまにか、俺の壊れた心を修復してくれていたようだ。  高校生の頃から髪を染めていた先輩の髪色は、今は少しアッシュっぽくなっている。相変わらずきめ細かい肌と、女の子みたいな顔。この顔と何度もキスをして、その身体を何度も抱いた。  ‪──達哉、ごめんね。好きな人が出来ちゃった。俺、寂しがりやだから、遠距離に耐えられないんだよね。  あの時の言葉は忘れていない。  俺の深い愛は距離の長さに負けた。  俺は貴方と繋がっているなら、たとえ地球の裏側だって我慢した。会いたくて会いたくて苦しいけど、貴方を失う辛さに比べたら大丈夫。そう思っていた。  でも先輩は、都会に出て俺以外の人を好きになってしまった。恋愛ってそんなもんだ。俺だけが好きでもしょうがないんだ。先輩だって、俺のことが大好きだって何度も言ってたのに、あれはきっとその場だけのノリだったんだ。 「達哉は今、恋人いるの?」  もう別れた恋人からの質問に、心臓が痛くなる。そんなこと聞かないで欲しい。 「……いないです」 「え〜? どのくらいいないの? 絶対モテるでしょ」 「男にはウケないみたいで。先輩と別れてからはいません」 「……そう」  先輩はそれ以上その話題をふらず、他の話題に移った。目の前のコーヒーの量が減っていき、空っぽになる頃には一時間が経っていた。 「ごめんね、思ったより喋っちゃった」  カフェを出た矢先、先輩が申し訳なさそうに俺を見る。会計を出して貰ったことにお礼を言って「楽しかったです」と伝えると先輩は嬉しそうな顔をした。 「達哉、良かったらまたお茶しよ。いや、今度はお酒飲みにいこ」 「はい、また。LINEは変わってないんで」 「……俺、達也に嫌われてると思ってた」 「え……何で…嫌うとかないですよ」 「うん、今日は会えて良かった」  その時「達哉先生!」と声がした。裕二くんの声だ。後ろを振り返ると、裕二くんが俺の服を掴んでいた。

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