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先輩 2
「先生グーゼン。用事終わったの? 俺はお母さんの買い物付き合っててさー」
彼の奥に、母親の姿が見えて会釈された。
昨日少し怯えていた顔とは違い、裕二くんは嬉しそうに俺へと話しかける。
「なぁ先生、良かったら今から一緒にお茶…」
「達哉、その子はお友達? すっごく若く見えるけど……」
先輩が裕二くんの方を見ると、裕二くんは少しびくっと身体を揺らした。先輩には気づかずに俺の方へ駆け寄って来たらしい。
「今、バイトで家庭教師やってて、生徒の裕二くんです」
「えー! 達哉が教師? 変なこと教えてそう〜」
鋭い。全くその通り。俺は返す言葉もなく愛想笑いで誤魔化した。
「先生の友達……? っていうか、どこかでみたような……あ、インスタの人に似てるかも……」
インスタの人? 俺が疑問を口にだすと、先輩は「俺の見てくれてるの?」と裕二くんに質問を返した。
「やっぱり…あの、akiさんって人ですよね。俺、インスタでコーディネートを参考にしてて…」
以前裕二くんが参考にしていると言っていたインスタグラマーは先輩のアカウントらしい。フォロワーが何万人もいるとは聞いていたが、その凄さはわからなかった。だが、裕二くんがしきりに先輩の存在に感動しているのを見ると、まるで芸能人みたいで凄いなと素直に思う。
「こんな美形な子に服装参考にしてもらってるの嬉しいな〜。ね、良かったら今度達哉と一緒にお茶でもしようよ」
その言葉にハッとする。先輩はタチもネコもいける人。もし裕二くんに手を出されたりなんかしたら、俺にセックスの手ほどきをしてくれた先輩の方へ裕二くんが靡くかもしれない。
「ゆーじくん、LINE教えてよ。俺も教えるから」
スマホのパスコードを解除する先輩の手を遮って、俺は会話を切り上げる。
「裕二くん、俺たちもう行くからごめんね。晶先輩、行きましょう」
先輩の手を掴んで、無理矢理俺の方へ引き戻す。裕二くんはいきなり遮った俺の顔を、少し驚いた顔で見つめた。
「あ、ちょっと達哉なに〜? まだ交換してない…」
俺は無言のまま、先輩を連れて裕二くんに背を向けた。
「ゆーじくん、またね〜」
「はい、また……」
裕二くんに手を振る先輩の反対側の手を引っ張り無理やり駅の方へ連れて行く。
久々に繋いだ先輩の手にはもうときめかない。俺がとめきくのは裕二くんだけ。裕二くんは、先輩にだって渡したくない。
「もー達哉どうしたんだよ。この後どっか行くの?」
その声に先輩の手を離す。
どこにも行かないですと言うと、先輩は「何それ〜」と剥れた顔になった。
「……もしかしてあの子と俺のこと引き離したの? 俺、ノンケには手を出さないって」
「……別に、そういう訳じゃないです」
「あ、もう手を出しちゃったとか? すっごい懐いてたもんね。ふーん…あの子ノンケじゃないんだ」
裕二くんはゲイかノンケかはまだ微妙だ。先輩には興味を持ってほしくない。あの子は誰にも渡したくない。そう思ってるのに、まだ伝える勇気が出ない自分にまた苛立つ。
「だから、そういうのじゃないです」
「……まぁいいけど。でも、昔の恋人に好きな子が出来たと思うと何かムカついてきた。しかも、自分より美形で若い子とか」
先輩の香水の匂いが近づくと、彼の唇がふわっと触れた。それを目撃した通行人が少しざわつく。キスされてしまった。思わず自分の口を押さえ、なんとも言えない感情を咀嚼する。「コーヒーの味がする〜」と先輩は楽しそうに笑った。
「先輩、面白がってるでしょ」
「わかる? でも達哉のこと今でも好きだよ」
「は……?」俺は思わず顔を顰めた。
「あの子は美形だけどまだ子どもじゃん。淫行になっちゃうし、俺の方にしときなよ」
「面白がるのやめて下さい。俺はもう先輩のこと何とも思ってないです」
「冷た〜い。もう忘れちゃった? あんなに気持ちよかったのに」
昔のセックスした記憶が蘇る。忘れない、忘れるわけがない。初めてセックスをした相手のことを。
「俺帰ります。今日はごちそうさまでした」
背を向けようとした俺の腕を先輩の手が掴む。
「……あの時も、本当は別れたくなかった。今日会ってわかった…やっぱり俺、達哉のことが一番好き」
どうしてこの人は今更そんなこと言うんだろうか。
あの頃聞きたかった言葉が、今、俺の目の前に降りてくる。先輩の手が、俺の腕を強く掴む。
「一番好き」だなんて言わないでくれ。俺は今、裕二くんが好きなんだから。
そう思った瞬間スマホが震えた。裕二くんからLINEだ。
〈先生、急に声かけてごめん。二人で遊んでるとこ邪魔したから怒ってる?〉
君が謝ることなんてない。あれはただの嫉妬なのだから。
俺以外が君に触れるのが嫌だ。俺以外と君が話しているのが嫌だ。でも一番嫌なのは、そんなことくらいで嫉妬して、結果君を傷つけてしまう自分。
〈先生、akiさんと知り合いだったんだなー。超綺麗だった〉
君も、先輩のことを好きになる? 俺の心をかつて奪って夢中にさせた先輩のことを好きになる? こんなことでいちいち苛立っている俺より、先輩の方が魅力的?
「ねぇ、達哉の家に行こうよ」
「……何言ってるんですか。嫌ですよ」
「別にラブホでもいいけど、俺は達哉の部屋行きたい」
「先輩、あの……」
「金城の方って言ってたよね。ほら、電車来るよ〜」
先輩に手を掴まれて、俺は断ることも出来ず自分の家に向かう電車に乗り込んだ。
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