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第6話
雪明は二日酔いの頭の痛みで目を覚ます。どうやらソファで眠ってしまったようだった。そしてギョッとした。驚いた事に、雪明の背中を抱く形で源一郎が眠っていたのだ。
慌てて雪明は体を起こし、源一郎の腕から抜け出した。
源一郎は少し寝返りを打ったが、起きる気配もなく穏やかな寝息を立てていた。
(び、びっくりした……な、なんで……)
昨晩の事を思い出そうにも思い出せない。
(やって……ないよな?)
下半身に違和感はない。それに、ゲイ嫌いの源一郎が自分を抱くはずもない。
眠り続ける源一郎に布団をかけてやり、顔を洗うため洗面所の鏡の前に立った。
はぁーと大きく一つ溜め息をつき、鏡の中の自分を見た。
(酷い顔……)
二日酔いで顔色が悪い。
ふと、首元に赤い虫に刺されたような痕が目に入った。
「何これ」
鏡に近付き、それを凝視した。
(キ、キスマーク……)
付けた相手は一人しかいない。源一郎に付けられたとしか思えない。
(昨日、一体何があった……!)
二日酔いによる頭痛で思考が働かない。思い出さない方が、お互いの為にもいいのかもしれない。記憶がないのだから、思い出しようもないのだが。
顔を洗い歯を磨き、キスマークを隠す為に雪明はタートルネックに腕を通した。
源一郎の酔った勢いの行動で、ゲイ嫌いの源一郎がこの事を知ったらショックを受けるかもしれない。せっかく距離が縮まろうとしているのに、こんな事で拗らせたくはない。
(源さん、覚えてるのかな……)
怯えながらリビングに戻ると、源一郎はまだ眠っていた。
窓越しに外を見ると、灰色の視界の奥は相変わらずの大雪と強風。今日も外を出る事は危険だろう。もしかすると、今日も源一郎は泊まっていくかもしれない。
時計を見ると11時になろうとしていた。
雪明は昨日のままの散らかったテーブルを片付け始めた。
それから一時間程経つと、源一郎が目を覚ました。
当然源一郎も二日酔いで、普段見る源一郎とは程遠いヨレヨレでくたびれた姿。
源一郎は暫くソファでぼうっとし、頭を抱えている。
「おはようございます」
雪明が声をかけると、まだ半分眠ったような顔を雪明に向けた。
「ああ、おはよ」
「顔洗って来てください。歯ブラシ新しいの置いてありますから」
「おまえ、二日酔いじゃねえの?」
「二日酔いに決まってるでしょう。日本酒一升開けて、焼酎、ビール飲み尽くしたんですから」
「おまえが!酒作りの練習させてくれって、おまえが作った酒、しこたま飲まされたんだぞ、俺は!」
自分の声が頭に響いたのか、源一郎は頭を抱えている。
「そう言えばそんな事、言ったかもしれませんね……」
飲み始めのほろ酔いの頃、そんな事を言っていたような記憶がある。確かに流しには、使った形跡のあるシェーカーが水に浸かっている。
のっそりと大きな体を怠そうに起こし、源一郎は洗面所に向かってのそのそと歩いて行った。
少しすっきりした顔をした源一郎が戻ってくると、
「朝ご飯……って言ってもお昼ですけど、食べれますか?」
「あー、 いいや。コーヒーもらえるか?」
「はい」
雪明も食欲はない。
そして昨晩の事が気になって仕方なかった。
コーヒーをテーブルに置くと、
「俺、昨日の記憶全くなくて……」
雪明は恐る恐る源一郎に言った。源一郎は顔色を変える事なく、「俺も」そうあっさり言った。
雪明は内心ホッとすると、コーヒーに口を付けた。
「おまえが楽しみにしてた日本酒、殆ど飲んじまったのは覚えてるけどな」
「そうですよ!」
「今度、出張あるから、そん時に美味い日本酒買ってきてやるよ」
源一郎がふっと顔を緩め、そう言った。
「お願いします」
照れ臭くて雪明はプイと顔を背けた。
「今日も帰れそうにないですね」
外に目を向けたまま、雪明は言った。
「だな。もう一泊頼むわ」
その言葉に雪明が、薄っすらと笑みが零れた事に本人も気付いていなかった。
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