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第13話

「何してんだ?」 後ろから声がし、振り返ると源一郎が工具を手に立っていた。 「げ、源さん……帰ったのかと……」 「黙って帰るわけねぇだろ。風呂場の窓直してたんだよ。放っておいたから、凄い事になってたぞ」 「そ、そっか……」 ホッとすると、泣いている事に気付かれないよう顔を隠し立ち上がった。 「なんだ、泣いてんのか?」 腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。 「ち、ちがっ……!」 「俺が帰ったと思って悲しくなったのか?」 ニヤニヤと源一郎が揶揄うように笑っているのが、無性に腹正しくなる。だが、源一郎が言う通り、あっさり帰られたのだと思って悲しくなったのは事実だ。いつものように何か言葉を返さないと、そう思うものの言葉が出てこない。 雪明は、源一郎の言葉にコクリと首を縦に動かした。源一郎はそんな素直な態度の雪明に、目を丸くし驚いている。 雪明は途端顔を赤くし、俯いている。 「つか、下履け」 「あ……」 源一郎は目のやり場に困り、視線を天井に向けた。 「風呂もう大丈夫だから、入って来いよ。汲んでおいたからよ」 「あ、りがとうございます……」 昨晩、散々体を繋げてたのに、こんな事が酷く照れ臭い。 風呂に入ると、源一郎が直してくれた小窓を見た。板が綺麗に覆われていた。 姿見の前に立つと、そこに写る全裸の体には源一郎に付けられた赤い跡。一気に気恥ずかしさが増す。 (後悔……してないかな……) あんな行為の最中で記憶は曖昧だが、昨夜の源一郎の言葉を思い出す。 『自分がゲイだと認めたくなかった』 そう言っていた。 だが、自分との出会いによりゲイである事を認めざる得なかったのだと。 デニムとVネックのセーターを身に付けると、リビングに戻った。 源一郎はタバコを薫せ、テレビに見入っている。 「朝ご飯、作りますね」 源一郎の背中に声をかけると、 「ああ」 振り返る事なく返事が返ってきた。 キッチンに立つと、源一郎に聞こえないよう小さく息を吐いた。 (俺は、源さんに関わらない方が良かったのかもしれない……) 不意にそんな思いが過った。 自分が現れなければ、源一郎は自分がゲイである事に《気付かない振り》ができたかもしれない。 コーヒーメーカーからコーヒーを注ごうと、マグカップを二つ出した。 その時、 「おい、そのマグカップやめろ」 源一郎がいつの間にか後ろに立っていた。 「え?な、なんで……?」 「それ、前の男のだろ?」 カップを指差す源一郎の顔は、眉間に皺が寄り強面の顔が更に凶悪に見えた。 「そうですけど……」 「前の男のお下がりなんて、イヤなんだよ。察しろ、アホ」 凶悪顔が今度は子供のように口を尖らせている。 「マグカップ、これしかないんで我慢して下さい」 「じゃあ、この湯呑みでいい」 その子供っぽい源一郎の行動に、雪明は思わず吹き出した。   「雪、飯の前に少し話しさせろ」 「話し、ですか?」 言われるまま、雪明はコーヒーを手にソファに腰を下ろした。 源一郎が横に座ると、源一郎は険しい表情で雪明を見ている。ギロリと鋭い目付きで、喧嘩を売られていると勘違いするような目だ。おそらく、一般の人ならそのひと睨みで、逃げ出してしまうだろう。 「おまえ、何考えてる?」 源一郎はテーブルに置かれたタバコを手に取り、一本咥えた。 「……源さん、俺としたの後悔してないかなって」 まともに目が見れず、雪明は視線を落とした。 「してねえよ」 「でも、でも、俺がいなければゲイだって気付かなかったかもしれない」 「そうかもな」 フーッと煙を吐くと、目を細めた。 「気付かなければ、源さんは普通に女の人と付き合って、結婚とか……」 そこまで言って、源一郎のをちらりと見ると物凄い形相をしていて、思わず、ひっ!と声を上げてしまった。 「源さん、顔、こわいよー……」 源一郎もさすがにまずいと思ったのか、眉間に手を当てそこをさすった。 「元々だ」 「いつもより凶悪面してますって……!」 タバコを灰皿に押し潰し、雪明を真っ直ぐ見た。 「いいか?俺はおまえとした事を一ミリも後悔してねぇし、おまえと出会った事は、むしろ嬉しいと思ってる」 源一郎はそう言うと、雪明を射抜くように真っ直ぐ見つめた。

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