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レンタル一日目

渋谷の喧騒を眺めている。時計と人の流れをチラチラと見てどうも落ち着かない。 青く染めた髪ならきっと目立つだろう。待ち合わせをするなら大変便利な髪色である。 スマホの画面を見れば、約束の時間まであと30分。 「あれ、ゆきくんであってる…?」 「えっ…えっと…」 30分も前だというのに、待ち合わせの場所に現れたのは長身で色素の薄い茶髪、整った顔立ちの男性。同い年くらいだろうか、少し軽い印象を抱く彼はとてもカッコいい。 「『髪が青いので、見つけやすいと思います』って、君でしょ?」 「あ、えっと”レンタル彼氏”の…」 そこまで言うと、相手の人差し指で口を塞がれる。表情を見るといたずらな笑みを浮かべていた。 「今日はゆきくんの”彼氏”だよ」 心臓が高鳴って仕方がない。奥手なくせに変な男に引っ掛かる自分には大ダメージだ。 「よ、よろしく、お願いします…」 きっと俺は今顔は真っ赤だし、挙動不審だ。それでも、人生で一回でいいからセフレではなく彼氏を作ってみたかったんだ。ネットで星五つのところでレンタルしてよかった…彼氏を。 よろしくね?と言って、俺の手を握った「彼氏」にまたしても心臓が飛び跳ねる。…やめてくれ、本当に。自分で死ぬ前に死んでしまう。これが萌え死ってやつだろうか。 「あ、俺のことはせつって呼んで」 「せつさん…」 自分の頭上に小さな雪が降ってきた。別に実際に雪が降っているわけではない。 どういう時に見えるのかはわからないが、この雪は自分にしか見えないらしいのだ。地面に落ちていく雪を眺めて、スーッとアスファルトに染みこんでいく真っ白な雪を哀れに思う。 * 「まぢ無理。。。死にたい。。。リスカしょ。。。」ではないが、そろそろ人生を終わりにしようと思った。SNSでリアルの友達には見せられないようなツイートをして、腕や太股に残る自傷行為の跡を載せたところで、一時的な慰めによる承認欲求が満たされるだけで根本的な問題は解決しない。 ゲイだと呟けば、大体寂しい夜の相手をしてくれる人が見つかる。釣れるのは、初物好きの親父ばかり。加齢臭のするクソに処女を散らしてもう大分経つ。この童顔が功を奏したのか、自撮りを上げれば大量に釣れる。 夜の街を徘徊すれば、同じように遊び歩いている男と一晩を共にした。 そんな奴等に、執着したってしょうがない。どうして俺を認めてくれないの、なんて宛先が見当違いで自嘲する。 "自分の価値を下げるからやめろ" そんな言葉も聞き飽きた。元から生きることが向いていないのだ。そう思うたびに、積もる雪が増えていった気がする。 俺の唯一の願いは、人から求められてみたいということ。その願いが簡単に叶うというのなら、多分ここまで落ちぶれてはいないので恋人ができるとは思っていない。 それならば、とレンタル彼氏をしてみることにした。これで満足したら、俺は死ぬ。練炭自殺だろうが、薬物の過剰摂取による自殺だろうがなんだっていい。それでこのクソみたいな人生を終わりにしようと思った。そして、また雪が積もる。 雪が徐々に積もっていく度に思うのだ。いつになったら、その雪の重さで俺を圧死させてくれるのか、と。いつになったら、俺の首の高さまで積もって、窒息死させてくれるのかと。 それもまた、一つの願いであった。

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