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レンタル二日目

彼に連れられて、人生初めての『デート』をした。 今まで一緒にいた男は、会って二秒でラブホだ。それは『デート』と言わないだろう。 水族館へ行ってその近くにある海をふらっと酔った。それだけで疲れてしまったのは恥ずかしいが、どうにもはしゃいでしまったのだ。 『レンタル彼氏』というだけあって、エスコートが上手い。手は恋人つなぎだし、さりげない気遣いに心が染みた。 こんな奥手な俺がリア充のような真似をしてイタくないか…?どうにも、彼の反応が気になって仕方が無かった。 「ゆきくん、大丈夫?」 声を掛けられたことにより、現実に戻ってきた。端正な顔が思ったよりも近くにあって思わず後ろに飛びのいた。なんとか背凭れのおかげで体勢を立て直す。 「だいじょうぶです…」 思わず両手で顔を覆ってしまった。指の隙間から、せつさんがこちらを心配そうに覗き込んでいるのがわかる。 (ひえ~~見ないで~~) 顔が熱くて熱くて仕方がない。いくらレンタルとはいえ、こんな俺と歩くのなんて恥ずかしいよな…などと、安定のネガティブ思考が止まらない。 「具合悪い…?」 自分の目がおかしいのか、彼の顔の周りにキラキラしている。…え、天使? 具合は悪くないけれど、頭がおかしいのかもしれない。 「眼科に行きたい…」 「眼科…?眼科……!?」 本気で心配しているのであろうせつさんに「大丈夫です、大丈夫です」と繰り返す。 コーヒーが置かれた机が揺れるとともに、カップの中身もまた揺れた。 「ゆきくん」 優しく包み込むような声のトーンに、ハッと顔を上げる。 「俺、ゆきくんのことが知りたいな」 レンタル彼氏ってこんな風に、顧客を増やしていくのかな、なんて失礼なことを考えてしまった。どんどん彼にのめり込んでいく自分がわかる。いや、こんなんじゃダメだ。俺は今日が終わったら死にたいんだ。 また雪が俺の頭にひとつ、ふたつ、みっつと降る。 「どうして、今日俺をレンタルしてくれたの?」 言ってはいけない、わかっているのに。 せつさんのその真っ直ぐな瞳に嘘偽りなく、全てを話さなければならないような、そんな気がする。そう、せつさんが言わせてるんだ。 「大したことじゃないんですよ。俺、自分が必要とされてないと思ってまあそれもありきたりな理由ですよ。メンヘラって奴…?ハハ、笑えますよね。男だっていうのに。ゲイだし、友達いないし、リスカもしちゃうし、裏垢作って知らん男と寝ちゃうような奴なんですよ…だから、だから、せめて疑似でも彼氏作って、そしたら、そしたら死のうって…」 自然と早口になっていく。いらないことまで言っている気がする。わかってる。わかってるけど、止まらない。初対面の人間になにを言っているんだ。嫌われたいのか? 反応のないせつさんに、焦り、また言葉で補おうとする。 雪が降るのが止まらない。目の前のコーヒーの中に、ぼとりぼとりと落ちていく。 「せつさんのせいでとかじゃないんで、ほんと気にしないでくださいね。俺が悪いし、俺が死んでも関係ないんでほんと」 なに言ってるんだろうな…という最後の言葉は独り言になってしまった。怒らせてしまっただろうか?やっぱり言わなきゃ良かっ「関係ないよ、お前が死んでも」え…? 冷たい目線に晒されて、その言葉にヒュッと喉が鳴った。「お前」という呼ばれ方も相まってとても冷たい一言だ。その豹変ぶりにも恐怖心しかない。 「今、俺に何て言ってもらうことを期待していた?」 「え、あ…」 「『つらかったんだね、かわいそうに』『死なないで、俺が一緒にいる』そう言うとでも思ったか?メンヘラっているカテゴリーに区分されて悦に浸ってんなよ」 思ってない!そんなこと思ってない!首を横に振っても、刺すような寒さは止まらない。 「死ぬって言ってもどうせ死なないだろう?どうせ死ぬのなら、今、ここで、死ね」 嫌われた…せつさんに、嫌われてしまった… 文字通り目の前が真っ白になって、雪に埋もれてしまった。息がしづらくて、手元にあるフォークで今すぐ腕を刺したい、そんな衝動に駆られた。 「ごめんなさ…」 「死ねないならさ、俺に死ぬまでの時間ちょうだいよ」 「え…?」 ぱちり、そんな音がして辺りがクリアに見える。恐る恐る顔を上げ目に飛び込んできたせつさんの目は先ほどの冷たいものではない。表情はまだ硬いが、もう雪はやんでいた。

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