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第2話 キスのおまじない
そして5日後、12月23日金曜日の朝、ルクトは一人で買い物に行くことにした。ただし、このことをセオに知られてしまっては困る。半ば秘密の作戦のように、ルクトは外出しケーキを作らなくてはいけないのだ。
さて、ここで難関なのは、同じ屋根の下で暮らす恋人にどう嘘をつくかだ。もちろん、ルクトはセオに嘘なんか付きたくなかったが、これもセオを喜ばすためだと、チクチク痛む心を押さえた。
「セオ、僕、今日一人で出かけてくる」
「どこに行くんだ?」
「と、図書館!」
「俺も一緒に行くよ」
不定期に休日が来るルクトとセオは、たまにしか一緒に休みを取れない。だから、2人の休日が重なれば、いつもは何でも一緒にやるというのに。
今日のルクトにとってそれは喜ばしいことではないのだ。タイミングが悪すぎる。セオが今日仕事に行ってくれれば、隠し事なしに買い物に行けたはずなのに。
自然とルクトの眉間にしわが寄った。
「一人で行きたい気分なんだ。セオも出かけてきたら?」
「……ああ」
何かが可笑しい。
いつもは何をするでもべったりセオにくっついて離れないルクトが……一人で行くんだと言い張っている。
嫌な予感がするが、気のせいかもしれない。
ただ、この腹の底にガツンと重しが乗ったような、痛みを無視なんてできなかった。
眠気眼を覚まそうと、コーヒーを注ぎながらセオはルクトを見つめていた。
慌てながら、身支度をする姿はいつも通り可愛らしい。
元気に跳ねた寝ぐせも、急ぎすぎて左右の柄がそろっていない靴下も、セオがルクトの誕生日に贈ったベルトが包む細い腰も、何もかもセオは大好きだった。
だからこそ、自分の腕の中から離れて行ってほしくなくて、セオはちょうど良く冷めてきたコーヒーを口に含み、姿鏡の前で服を確認する恋人の腕を引いた。
「わっ、セオ、あぶなっ、んんっ!」
よろけた体重を受け止め、セオはルクトの唇を奪う。重なり合った唇の隙間から、生温いコーヒーが注がれた。セオの舌がルクトの咥内を撫でる。唾液とコーヒーが混ざり合い、ルクトはコクリと喉を鳴らした。
「ぁっ、んんっ、もぅセオ!」
「おいしい?」
「苦い!どうしたの?」
「何でもない」
恋人が両腕から逃げる前にセオはルクトの首筋にキスマークを付けた。
少しばかりのまじないだ。
心配だから。
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