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第8話 変な店

「でも僕、浮気なんてしてないよ!」  ルクトが大声を上げるなんて珍しいことだった。  色白の頬が涙で濡れて、ぽたりぽたりと絨毯にシミを作った。 「だったら、あの店はなに?いつも行かない方向に行って、変な店に入っていったじゃないか」 「店……?」  セオの言う’あの日’に自分は何をやっただろうとルクトは頭を傾げた。  そうだ、あの日は、このケーキのために…… 「セオ、あれは変なお店じゃないよ」 「じゃあ、一人で何しに行ったって言うんだ!」 「ケーキの材料を買いに行ったの」 「はぁ?!」  納得のいかない回答にセオは立ち上がった。 「材料買うんだったらいつものスーパーに行くだろ?」 「だって、セオが食べれる、牛乳が入ってないケーキを作りたかったんだもん。そうしたらいつものお店じゃ材料取り扱ってなくて」  だからルクトはあの’変な店’へと行ったのだ、と呟いた。 「俺のために……?じゃあ一人で行った理由は?」 「サプライズにしたかったからだよ」  ルクトは不器用な笑顔を作った。  恋人を想ってやったことだけど、結果的にはこんなことになってしまった。それなら最初から内緒などにしないで、一緒に買い物に行けば良かったのかもしれない。    付き合いだして1年未満な二人にとって小さなことだって試練となるらしい。  ああもう!と頭を掻いて、セオはルクトの腕を引いた。 「嘘、ついてないな?」 「つくわけないよ」 「俺の勘違いだったんだな?」 「ん、うん」  久しぶりに感じたお互いの体温が荒れていた二人の心を少しずつ温めた。  未だに頬辺りを涙で濡らすルクトの顔にセオは唇を寄せた。 「悪い……不安だったんだ。お前は可愛いから、他の奴にとられるんじゃないかって。ごめん……」  返事代わりにルクトはセオの胸に額をこすりつけた。早とちりをして家を出ていった恋人が今まで以上に愛おしく見えた。  ぐっと腕を伸ばしセオの頬を両手で包むと、自然と二人の唇が重なった。久しぶりの行為にルクトの心は弾んでいた。温もりが心を癒しているのかもしれない。唾液が混ざり、柔らかい粘膜に触れられるたびに、腹の底に蝶々が飛び回っているような感覚が起きるのだ。  プハッと音を立てて離れていったルクトの唇を、セオの親指がするりと撫でた。どちらのか分からない唾液が、赤く腫れた唇を濡らしていた。 「ねえ、セオ。ケーキ食べよ」  さっきより色づいた頬でルクトは言った。

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