61 / 230
ふたりの始まり。(4)
俺の大切な時間を、本を、蕪木に奪われっぱなしではたまったもんじゃない。それに蕪木には、本は似合わないように思う。それでも蕪木はいつも、俺のところにやってくるのだ。
「小山がこんなに本を愛する理由は、俺には分からないよ。だけどね、本を読む小山の、ふせられた目と、時々揺れる長い睫毛を見るのはずっと前から好きだった」
「は?」
俺が彼に対して思っていた言葉を、蕪木が俺に対して発する。まるで本が大好きな彼をずっと見ていた俺みたい。目を隠してしまうほどに長い前髪のせいで蕪木の表情は見えないけれど、その声は弾んでいるように聞こえる。不思議だ。当時の自分と、蕪木が重なる。
「小山の隣に座って、穴が開きそうなほど見つめても、そんな俺に気づくことなく、本の世界で楽しむ小山を見るのが俺の楽しみだったんだ」
「俺の隣で? ……俺を、見てた?」
「そうだよ。こうしてお前に声をかける前から、お前のこと見てた。本には興味なかったけど、楽しそうに本を見てる小山には興味があったから」
「……っ、」
彼のこと、とても好きだった。こんなふうに好きだと言ってしまうのは誤解を招きそうだけれど、恋愛的な意味でなく、一人の人として彼が好きだった。分からないけれど、言葉では伝えられない魅力が確かにあったのだ。そんなふうに俺が思っていた彼のように、俺も蕪木に思われているってこと?
自惚れかもしれない。けれどそう考えたら、途端に恥ずかしくなってきた。
ともだちにシェアしよう!