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ふたりの始まり。(7)
それはそれで、その時になれば悲しく思うことがあるかもしれない。彼の時みたいに大泣きすることは、もちろんないけれど。
教室を出ていく蕪木の後ろ姿を見ながら、そんな気まぐれなことを考えてみた。
「……ふぅ、」
蕪木が見えなくなると、俺は持ってきていたもう一冊の本を手に取った。次の授業は、教授の思い出話ばかりでつまらないから、毎回本を読むことにしている。……誰かの思い出話は、共有したいと思わない限りただの無駄話にしかならない。
『そうすれば、二人の思い出になる。共有できるだろう?』
蕪木が、俺と共有ね。しかも二人の思い出が欲しいとは。さっきの蕪木の言葉が、頭の中で数回流れた。首を数回振り、余計な考えを頭から追い出し、厚い表紙をゆっくりと開く。
教授のつまらない話が始まった。やはりもう一冊本を持ってきていて正解だと、読み進めながら頭の片隅でそう思った時、その自分の考えに固まった。それは、今日のこの講義の前、蕪木が俺の本を奪いに来る前提の話。無意識だ。彼にただ奪わせていたわけじゃない。俺がそうすることを許していたことも理由の一つだ。そして、本と蕪木を、繋げてしまっている証拠。
あぁ、おかしな話だ。蕪木もそれを分かっているのなら、もう十分二人の思い出になってしまうじゃあないか。
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