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特別な一日。(5)

バレンタインは俺に無関係なはずなのに。やはりどこか少し浮かれているのかもしれない。自分の都合のいいようにこの状況を解釈してしまう。間違っているよと、誰も囁いてはくれない。 ……試してみたくなった。水谷がどんなつもりでこんなことをしているのか。 「モテる奴はすごいよなぁ。モテない俺への気配りをする余裕もあるんだから。でも残念。今年は貰えましたんで、本命を。一つも貰えなかったわけじゃないよ」 鞄の中から箱を取り出して、水谷の前に突き出した。一度開けてしまったからリボンはないけれど、茶色の箱の中にはチョコが入っている。開けて見せると、水谷の手から板チョコが落ちていった。 「……んだよ。珍しいこともあるんだな。お前がチョコ貰えるとか、しかも本命とか、今日は赤い雨でも降るんじゃ?」 「傘、持ってきたか?」 「はっ、自分でそうやって言うなよ。傘なんか持ってくるか。今日はすっげぇ晴れてたじゃん」 動揺する水谷を見ていると、気分が上がってくる。最悪だなぁと自覚はあるけれど、自分の好きな奴が自分のことを好きかもしれない可能性がほぼ百パーセントになりそうなら、喜ばない奴なんか誰もいないだろ。 俺は、落とした板チョコを拾う水谷の髪をくしゃりと触った。 「雨が降る前に帰ろうぜ」 そんな冗談を言って荷物を取り、先に教室を出た。

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