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特別な一日。(11)

水谷が、抵抗するのをやめた。きょとんと、驚いた顔をして俺を見つめる。涙を目尻に溜めて、口を小さく開けたまま。こんな顔は俺以外は知らないんだろうな、ってそう思ったら愛おしくなって頬にキスをした。 「こまっ、こま……!」 「チョコもたくさん貰ってるし、モテモテのくせに、キスには慣れてないんだ? まだ頬にしただけなんだけど……、唇にしたらどうなるんだろうね」 さすがにここではやらないけど。そう思いながらも苛めてやろうとして顔を近づけたら、水谷がきゅっと目を閉じた。少しだけ突き出された唇が可愛い。何コイツ、キスを待ってるの? ここまでしておいて何だけど、ここ、学校の靴箱だぞ? 面白くなってケラケラ笑い、突き出された水谷の唇を指で摘まんで引っ張った。期待を裏切られ、恥ずかしさやら怒りやらで水谷の顔がさらに真っ赤になる。 「なぁ水谷」 「……何だよ」 「岩橋さんへの返事だけど、すっげぇ好きな奴がいるからって断ったよ」 「……ふぅん」 「それで水谷は、さっきの板チョコはもうくれないの?」 「あの時貰わなかったくせに、今さら欲しいとか図々しい」 絶対にあげないと、水谷は鞄を強く握った。そこまでするか? と呆れたけれど、何となく渡そうとしない理由が分かった。最初から水谷は本命のつもりで俺にチョコを渡したのに、受け取ってもらえず、すごくきれいでおいしそうな岩橋さんのチョコを見せられたんだもんな。 箱の角が潰れたような板チョコを、いくら何でも渡すことはできない。状況が少し変わったわけだし。

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