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見つめたその先に。(5)
◇
家に帰って一時間くらい経った頃、やっと課題に向かう気分になったものの、その課題を教室に忘れて来たことに気づいた。
僕は朝に弱いから。頭の中には、早く登校して課題をやればいいという選択肢は存在しない。仕方がないと、体は重たいけれど何とか立ち上がった。日が落ちると少し肌寒いから、制服のシャツの上にセーターを着た。そしてその上からブレザーを羽織るともこもこして着心地が悪い。それが何だか気になって、早く取りに行って戻ってこようとそう決めて家を飛び出した。
運動場では野球部がまだ練習をしていて、いつもの学校という感じがあったけれど、校内に入ると職員室以外は電気が消えていて、少しだけ知らない空間に思えた。自分のペタペタという足音がしんとした廊下に響く。時々風で窓が震え、その度に驚いて胸を押さえた。
「早く帰ろう……」
やっと自分の教室にたどり着き、そう呟きながらドアに手をかけた時、ガタンと中から音がした。ひいっと小さく声が漏れ、一度手を離す。……もしかして、誰かいるのだろうか?
僕は、大きく呼吸をして気持ちを落ち着かせた後、横の窓からそっと中を覗いた。
「……っ、」
人が、いた。同じクラスの神井 くんと類 くん。信じられないことに二人は抱き合って、キスをしていた。類くんが神井くんの上に乗っかっていて、神井くんは類くんの後頭部に手を回し、優しく指先で髪をいじっている。
唇を甘噛みしたり、舌を絡め合ったり。直接聞こえているわけじゃあないけれど、二人の息遣いを近くに感じた。類くんは神井くんの制服の裾をぎゅっと掴んでいて、必死にキスに応えているように見える。
「……あ、」
神井くんと、目が合った。一歩後ずさりして固まった僕に対し、彼は見せつけるようにキスを繰り返す。視線を逸らすことはなく、僕と合わせたままで。
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