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明日からまた。(11)
「宮澤」
「……はい」
突然呼ばれた名前。何かと思えば目が合った途端、少し困ったような顔をされた。何か言いたそうで、でも何かを諦めたような。
「あー、いいわ。やっぱり何でもない」
「そうですか」
保坂さんは俺から目線を逸らすと、ファイルを開き資料に目を通し始めた。
……言いたいことがあるのなら言えばいいのに、とそう思った。名前だけ呼んで何でもないだなんて、そんな中途半端なことをしないで欲しい。その先の言葉を飲み込まないで吐き出せばいいんだ。そうしたら俺だって。──俺だって?
「……っ、」
何を言われるつもりで期待をしたのかと自身に驚いた。「またあの公園で二人で食べよう」と言ってくれれば俺も、素直にとはいかなくても「仕方ないですね」と答えられるのに。そんなことを今、確かに一瞬考えてしまった。
……おかしい。保坂さんと一緒に過ごしていたあの期間のせいで、俺はおかしくなってしまったのだろうか。何のために休憩と仕事をきっちりと分けていたのか自分でも分からなくなってきた。隣の保坂さんはもう仕事を始めたというのに、俺は彼のことを考えて……何をしているんだ。
「宮澤」
「……っ、」
「午前中に頼んでいた書類、準備してくれた?」
「……あ、はい」
さっきまで俺に何か言いたそうにしていたくせに。それはもう彼には関係ないようで、仕事に集中しているのを見ると少しだけ腹が立ってきた。今まで俺ができていたことを、できないようにした本人が仕事に向き合っていて、俺は一緒にお弁当を食べなくなった今の方が保坂さんに振り回されている。
「どうぞ……」
消えてしまいそうな声でそう呟き書類を手渡すと保坂さんは、はっきりとした普段の明るい声でお礼を言って書類を受け取った。
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