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第5話
兄の見合いも無事に終わり、取り敢えずは
交際期間に入ったが、『運命の番』では
ないようだ。夢中になるというような素振りを
見せないところを見ると、そうなのだと思う。
やはり簡単に見つかるものではないもので、
落ちてるものではないものだ、と
実感させられるが、上手くことが運べば
こちらとしても多少の不安材料は消える。
必ずしも『運命の番』と出会えるとは
限らない。この世界のどこにいるのかさえ
わからないからだ。
「……おまえ……発情期か?」
兄は鼻が良い。前回の発情期から次の発情期が
来ていた。数日前から薬を飲んでるのに、
なんでバレるのだろう……?
βでは絶対に感じない匂いだ。
「……なんでかな……依知花 よりいい匂いがするんだよな……雅が他人なら、
良かったんだけどなぁ……」
などと碌でもないことを言い出す始末だ。
兄が『運命の番』だと言うならとんでもない
話だし、シャレにならない。
第一、見た目も好みではないし、
性格も好きではなかったので、遠慮したい男
ナンバーワンであることに違いはない。
「依知花さんに聞かれたら、怒られるよ?」
と釘を刺すも、従順な女だから反抗はしない、
と言い出す始末だ。
「そんなものは交際中だからだろ。
夫婦になったら、かかあ天下の方が
上手くいくって言うし。尻に敷かれた方が
いいんじゃないの?」
「冗談だろ?αがΩの尻に敷かれるなんて
聞いたことがない。その気もないしな」
と、不遜な態度だ。確かに家もそうだけど……
ほぼ結婚も決まってきているのに……
匂いに勘づかれたということは危険だ。
兄がヒートを起こす前に、リビングを離れる。
万が一にでも、兄に犯されるなんてことに
なったら大変な事だ。
「雅のやつ、処女だからかなぁ?
すげぇ匂いがいいんだよな〜……」
まるで依知花さんが違うみたいな言い方だ。
Ωである限り、絶対に処女だとは言いきれない
ところが、悲しい性でもあるのだが……
「駿もいい加減にしなさい!よく聞きなさい?
貴方の弟なのよ??いい?弟なのよ?」
母が諌めるように言う。が、妹なら良い
という話でもが。事実、妹のようなものだ。
相手がΩの女性でも依知花の家柄は悪くない。
家と同じ父親がαで、違うのは
母親がΩという夫婦の間に生まれた、
父の会社の取引先の重役の二女で、
ある意味温室育ちのお嬢様だ。
家柄としてはウチよりも良いと言えるだろう。
兄と姉はアルファだったが、依知花だけが
Ωとして生まれたのだ。
女の子のΩ……いわば一人娘のようなものだ。
と言っても過言ではないだろう。
長女はαだから、Ωに産ませる側だ。
たぶん、依知花にも『運命の番』は現れて
ないのか、なにか事情があるのかは
わからないが、兄との結婚を急いでいる
ような、そんな気がしている。
それによって早々に家を出てってくれるなら、
僕としても、その方が助かるのだが……
同棲する、でもいいから、兄と離れたい。
僕は学生の身分、ということと、
一人で暮らすには遺伝子的な不安定要素が
あるために、Ω専門の施設ではないと無理だ、
と医師にも言われている。
もしくは『番』を作ること……
今夜は内鍵を掛けて眠らないと起きた時が
怖い。初体験を実兄に捧げるつもりは無い。
発情期が終わるまで、父と兄を避ける生活が
始まった。3ヶ月に一回の周期とはいえ、
残り香にさえ反応を示す兄はかなり異常だ。
母もこの時だけは、気を張り巡らせて
いるのだから、とても申し訳ない
気持ちになる。
男なのに『処女』であることに申し訳なさを
感じざるを得ない。Ωの宿命というものだ。
母にとっても、女性側の気持ちで受け止めて
くれているのだと感謝の気持ちしかない。
――あと少しの我慢で、もう少し楽に生活が
出来るようになるのか、と、思っていた。
まさか僕にとっての不幸の報告が舞い込んで
来ようとしていることも露知らずにいた。
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