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第9話
社会人になって3年が経過した。
最初の年にはβにも、
「なるほどね……」
と言われるくらいの発情期の匂いを
指摘された。薬を予定通り飲んでいるのに、だ。βにもバレる匂いにため息が出る。
「僕ってどんな匂いがするんですか?」
と聞いて見ると、
「ユリの花のような匂い」
と言われた。
ユリの花……
ユリの花は結構、強い匂いなのではないか?
と思う。
クライアントにはαが多い。
なるべく発情期に打ち合わせはしないよう、
会社が気を遣ってくれていることも嬉しい。
どうしても、の時はβの同僚が行ってくれる。
Ωとβがペアになって、仕事をこなしていく
システムになっていた。
社長はαだが、奥さんが『運命の番』だと
言い切り、奥さんを溺愛している。
奥さんが女性なのか、男性なのか、も
わからない。ただ、Ωだということだけしか、誰一人として社員もその存在を知らない。
Ωがヒートを起こしても、全く流されず、
干渉されるどころか、介抱が出来るくらいの
強者だ。
ただ、僕のような『特殊Ω』がヒートを
起こしたら、介抱出来るか自信がないので、
ちゃんと抑制剤は今まで通り飲むように、
と言われただけだった。
「私は奥さん以外を抱く気にもなれないし、
もし、誘惑に負けたら自分が許せないからね」
普通のΩであれば、抑制剤を飲ませて、
仮眠室で寝かせておけば、治まることが多い。
ヒート専用の休憩所がある会社も好ましい。
ヒートはたまに引き摺られることがあるので、
発情期の近いΩ同士が近づくことも
配慮されている。
いくら普通のΩであっても、発情期に抑制剤を
飲まない、といった怠慢を起こすような輩は
解雇される、と社内規定にも記載されている。
徐々に差別も緩和されるようになって
きてるものの、格差はまだまだ埋まらない。
それでも、いいものを作りたい、という意欲は
衰えることなく、クライアントからの依頼に
応えたい、その気持ちが強いのも確かだ。
僕の相棒――大山那恵 はβだが、キャリア志望で、なかなかのやり手の女性で、僕よりも4歳年上の女性だ。
押しも強く、たまに言い負かされてしまう。
でも、それくらいが丁度よく、居心地がいい。
クライアントからの依頼はそれぞれだ。
企業のポスターのキャッチコピーや、駅貼りの
ポスターのデザイン、時にはCMを作ることもある。なかなかのやりがいのある仕事を社長自らが営業に周り、仕事を取ってくる。
たまに、社長の人脈がすごいと痛感する。
人脈を作ることに社長は金の出し惜しみは
しない。宵越しの金を持たないタイプだ。
銀座のクラブで接待することもあれば、
居酒屋で盛り上げて仕事を取ってくることも
ある。酒に強い社長ならではだ。
「そういえば、社長の取ってくるCMの仕事って、宮原麗子の出演してるの多いですよね?」
「そう言われればそうだね。あの人、いつまで経っても綺麗なままだよね。女優さんって、
個人差あるけど、あの人はずっと綺麗だね」
子供の頃からテレビでよく見る女優だ。
背はそれほど大きくないが、スレンダーで、
ハイヒールを履いていることが多いので、
プロフィールを見ない限り、高身長を思わせる
艶やか系、と言われるような女性だ。
露出は少ないのに、色気がすごいのだ。
身長からすると、βの女性だと思われるが、
Ωの可能性もある。未だスキャンダルもなく
プライベートは謎のままだ。
この人のCMの仕事なら、問題はあまりないんだろうな……と思いながらポスターになる
スチール写真を見ていた。
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