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第26話

毎朝、6時には起きて、6時半には大山が迎えに来てくれる。それまでの30分はある意味戦争だ。女性のように化粧をしなくて良い分、起きる時間はゆっくり目で済むが、髪を整え、ヒゲを剃りスーツを身に纏う。 普段の会社への出勤であれば、服装は自由だが、撮影はともかく、打ち合わせが入る時にはデニムにシャツ、という格好ではあまりにも社会人として失格だ。大山もパンツスーツに身を包み、まだ、頭にはカーラーがついたままで、化粧も半分、といったところで現れるが、 「赤信号はチャンスの宝庫」 と、信号で止まるたびに化粧が完成されていく。僕の家に来た時と、クライアントと顔を合わせる時の大山はすでに別人と化している。 女というのは逞しい生き物なんだな、とつくづく思ってしまう。素材が良い分、きちんと化粧をして、人前に立つと、下手な女優よりも綺麗な人なのに、仕事の時の大山はズボラな姿に、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、どすっぴんで仕事をしている。 今の大山はカラコンに派手な化粧にすらっとした足が目立つが細すぎないパンツスーツにハイヒール。髪もきちんとセットされていて、こんなに長かったのか……と思う。 いつもは『これから風呂にでも入るのか?』というようなお団子上に無造作に纏められてるから、全然気づかなかった。 毎日、違うパンツスーツをまとっているが、髪型もその日によって違う。今日のように完全に下ろしているのは初めてだ。直前までカーラーで巻いていた髪は、綺麗なカールを描いている。驚くほどに出来る女を作りあげていた。 今日の撮影や打ち合わせは池袋周辺で行われるので、朝が早いのは、オープン前の水族館での撮影や、テーマパークでの撮影があるからだ。 さすがに時間をずらすことが出来ず、大山は水族館、僕はテーマパークの方の撮影に立ち会う。その撮影が終わってから、遅めのブランチをとる約束をしていた。 移動しながら擬似親子がそれぞれのアトラクションを楽しむ、というのを断続的に撮影し、良い部分だけを繋ぎ合わせる、というものなので、ほぼ、役者も設定さえ守っていればアドリブ状態だ。楽しそうにアトラクションを楽しむ親子の光景を目にしてると、自分にはなかった『親子の団欒』がすごく羨ましく目に映る。ある意味、僕がそれを感じてる、ということは成功を意味する。 見てる側を楽しませることが狙いなのだから。 一通りの撮影が終わり、入口でポスター用のスチールを数枚撮る。入る前のもの、出てきた時のもの、楽しかった、と喜んでるもの…… 「お疲れ様でした〜」 演者への差し入れの飲み物を渡す。スタッフには菓子折を持ってきて、すでに渡している。 そこで、雑談をしていた時、子役の少年が 「お兄さん、すごくいい匂いがするね」 と言い放った。その子役はαだった。 僕は手帳を開いて今月のスケジュールの確認をする。文字に埋もれていたが、そこには嶺岸に発情させられた日から1ヶ月以上が経過していた。このタイミングでのヒートはまずい…… ――まずい…… そう思ったのも束の間、数人のαに囲まれて、 「お疲れ様でした。解散!!」 の声と共に散っていったクルーや演者たちの背を見送りながら、そのαたちに鳩尾に一発食らってゆっくりと意識が遠のいていった……

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