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第28話(大山目線)
携帯のGPSを頼りに、ユリの香りが充満する部屋にあたしが飛び込んで来たのは、事後1時間が経過した後だった。時間がわかったのはフロントで聞いたから。集団が帰っていったのが、1時間くらい前だと。
全裸の躰は精液だらけで後孔からも未だ流れ出している。杉本の眸の焦点はあっていない。
手首、足首に傷がついていて、部屋には天井から鎖がぶら下がっている。そういったプレイをする場所だ。何をされたかは一目瞭然だった。そして、泣き腫らしてぐったりした杉本を見てあたしは言葉を失っていた。
――こんなことなら二人でいるべきだった……
後悔の念だけがあたしを支配する。うっすらと香りを感じ取っていたのに、それよりも仕事を優先した。あたしの責任だ。
「……ごめん……やっぱり一緒にいるべきだった……」
そう謝ると杉本は必死に言葉を出そうとするが喉が掠れて声にならないようだ。重たそうに開いた唇からは、口だけ動かして
「……違う……大山さんの、所為じゃない」
違わない。あたしの不注意が招いたことだ。
事情を話し、次の仕事までは時間があったから急遽、手の空いてる別の人に頼んで、あたしは手際よく杉本を風呂に入れて、精液を洗い流し、掻き出し、服を着せてくれた上で、病院に連れていった。車の中で相手は5人と聞きだした。ショックもあるだろうが、説明も必要だから、と。
杉本が正気を保っていたのはこの時までだった。これほど後悔の念に駆られたことは無い。
精神がやられているらしく、しばらくの入院が必要となった杉本のところに、仕事の合間とはいえ、できるだけ通うようにした。せめてもの償いだ。男性αが近づくと酷く脅えて、言葉にならない悲鳴をあげるから、βかΩ精神科医と看護師をつけてくれ、と頼む。
彼の父と兄や姪っ子すら受け付けない。まだ、赤ちゃんだと言うのに無理なのは、この赤ちゃんもαなのだろう。βだと言う母親も、こんなに無機質な状態になった息子を見るのははじめてだ、と泣いていた。
あの家で、ずっと次男 を守ってきた母親が可哀想に思えてきた。何故、あの時、あたしが傍にいながら守ってやれやかったのか……
「……大山さん、貴女は自分を責めないでくださいね……?」
彼の母親の言葉が余計に胸に刺さる。薬を促すべきだった。微かに香る発情の香りを察知していながらも、それはまだ大丈夫だろう、とタカを括っていたのはあたしだ。
すっかり自我を失ってしまっている彼を元に戻す方法を、医師も模索しているが、結論は出なかった。ただ、起きてるか寝てるか、の日々がすぎていく中で、眸の焦点が合うことは無い。
杉本をこんな状態にしたヤツらの目星はついてるが、社長からとめられている。あたしだってクライアントは大事だ。
だけど、彼を傷つけたことは許せなかったから、遠目に彼らを連れて杉本の現状を見せた。さすがに言葉を失っていたが、二度と、杉本には手を出さない、危害を加えない、という約束だけを取り付けて帰ってもらった。
ふざけたことにスタッフのひとりは、責任を取って番になる、と言い放った。杉本の許可は取れてるのか?と聞くと首を横に振ったと。
今更、ヤツらに何かをしてもらおうなんて、生温いことはしようとは思わない。
ただ、現実を見せつけ突きつけただけだ。あれだけ本人も気をつけていたのに、こんなことになるなんて……
『発情 にあてられたのはこっちの方だ。全く厄介なものだよ、Ωの発情 ってのは……』
――αは本当に身勝手だ……
そう思ってしまうのは、βであるが故のエゴなのだろうか?
次の現場に向かうと、隣のスタジオには嶺岸がいた。あえてスルーをすることにしたのだが、向こうから歩み寄ってきた。
「大山さんお久しぶりです。あの……雅は?」
今の杉山を思い返すと、まだ、こいつの時の方が平常心を保っていた。
「……なんで、二人でいた時に『番』にしてくれなかったんですか?貴方は運命を感じていたんでしょ?杉本がどう言ったって……!!
いえ、なんでもありません。もう、貴方には関係の無いことですので。また、仕事の時にはよろしくお願いします。でも、もう、杉本を担当させるつもりはありませんから。」
嶺岸は立ち去ろうとするあたしの手を掴んで
「待って、大山さん!!どういうことですか?事と次第によってはオレも協力したいんですが
……どうすれば良いんです?」
その眸は真剣そのものだったが
「杉本に近づかないでください。あたしに言えるのはそれだけです。」
「……何かあったんですね……?」
嶺岸はαだけあって勘が良いようだ。
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