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第33話(大山目線)

なんの前置きもなく手を振りあげた男は、右手をあたしの頬に叩きつけた。 パンッッッ!!と小気味いい音と共に、左頬に激痛が走る。 あたしはS体質だが、この時ばかりは目の前の男に感謝した。やっと、あたしを責めてくれる人間が目の前に現れたのだ。 「……あんたのとこの会社の方針はなんだったっけ?『Ωが働きやすい環境で、いざと言う時にはΩを危険に晒さない為に矢面に立つβ』だったよな?あんたは雅を守る立場じゃなかったのかよ?雅を見つけた時、雅はあんたになんて言った?どーせ雅のことだ『大山さんの所為じゃない』とでも言ったんじゃないか?あんたの方が先輩だったよな?後輩に気を遣われてんじゃねーよ……で結果がこれだ。」 「……本当に返す言葉もありません……本当に申し訳ございません……」 必死に頭を下げる姿を見て嶺岸は 「……あんたは自分を責めてくれる人間を求めてるみたいだな。なら敢えて責めない。ただし、自分の罪を一生背負え。」 全てを知っているらしく、一定の距離以上は近づかず、ドア脇の壁にもたれて、杉本を見つめている。何も映していない眸は嶺岸の方に向くこともない。食事の時間には重湯を食べ、一定時間になると水分を与える、その繰り返しだ。 「初めまして。雅の母です。いつもテレビで拝見しております。嶺岸さんがお見舞いに来て下さるなんて……この子はちゃんと仕事が出来てましたでしょうか?お立ちになってるのもなんです、どうぞ、お座りください。」 「……いい仕事をしてくれてますよ。そんな息子さんだから、僕は彼を好きになったんです。彼の現状は聞いております。お構いなく。」 彼の母親は気を遣い椅子を勧めたが、嶺岸はそれを断り、半日以上、不動のままその姿を見つめていた。その翌日も、翌々日も面会時間から終了時間まで、それを繰り返していた。 「……嶺岸さん、お仕事は……?」 「再来週までの仕事は全部済ませてる」 「……毎日、来るんですか?」 「……何か問題でも……?」 「明後日は来ないでください。」 「どうして?」 「……手術が……あるんです」 「万が一のことがあったら後悔するのはわかるから、何があっても来たい、と言ったら?」 「万が一……はないです……」 「どうしてそう言いきれる?」 「…………」 あたしは話していいのか躊躇った。この人がどれだけ杉本を大事にしてるか、がわかってしまったから……助け舟を出してくれたのは彼の母親だった。 「嶺岸さん、お二人のやり取りを見させていただいて、私が口を出すことではないと思いますが、雅は……今、妊娠をしています。今の状態のままでは互いの命が助からない、と聞かされて、私と大山さんとで、雅の命を優先して堕胎の承諾をしました。なので、現状では命の危険のない手術になると思います。」 嶺岸の手が拳を作り、その手にものすごい力が入って血管が浮きでていている。彼の中では、悔しい気持ちと、そうさせたヤツらに対する怒りが満ち溢れているのだろう。 「……このままにしておいたら、息子も孫も一緒に失ってしまいます。私は……」 「……お母さん……」 どさくさに紛れて、『おかあさん』だと? 「こんな時になんですが、雅さんと『番』になりたいと思っています。雅さんが、αを受け入れてくれるようになったら、番にさせていただいても良いですか?僕はどんな時も雅さんを守りたいと思っています。」 「……もう、この子はキズモノになってしまいました。あなたのようにクリーンな方が一緒にいられるような子ではありません。」 「……お母さん、それを判断するのはお母さんではありません。僕は雅さんを『唯一無二の運命の番』だと思っています。雅さん以外は考えられません。雅さんの意志も尊重します。その上で雅さんの快諾を得たら、の話です。」 彼の母親はポタポタと涙を流しながら、『ありがとうございます』と繰り返し、泣いていた。

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