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第34話(樹目線)

麻酔の効いてる間なら、と雅に近づくことが出来た。堕胎手術の後、病室に戻ってきた時だった。静かな寝息を立てて眠る姿は一緒に生活をした1週間と何ら変わりなかった。 『オレの唯一無二で運命の番』 そう思うことには変わりなかった。誰に何をされて、たとえ堕胎手術をしたと言っても、子供が産めない身体になったとしても、その分愛してあげればいい。 きっと雅の子供は可愛いと思う。けど、オレも大山の意見に賛成だった。お腹の子供に罪はない、と戸惑っていた彼の母親を押しのけて、産まれる前の子供より『雅』の命を優先したい、そう言ってくれたことには感謝をしている。 出会う前ならまだしも、出逢ってしまったのだ。もし、お腹の子供が自分の子供だったとしても、雅を優先するだろう。 出来ることなら、集団強姦(レイプ)のことは忘れ去った状態で目覚めて欲しい。辛い現実に彼の精神が押し潰されてしまわないように……その上で改めてプロポーズをしたい。 ――『番』になってずっと俺の傍にいて下さい…… 全ての責任はとるつもりだ。彼の悲しみも背負う覚悟は出来ている。 頬を手で挟み、額を合わせて、彼の脳に届くように語りかけた。 「世界の誰が許さなくても、オレはおまえを許してやる。だから、早く還ってこい。どんなことがあったっておまえはオレの『唯一無二』だ。愛してることには変わりない。お前が望むならおまえをこんな風にしたヤツらを社会的に抹殺しても構わない。それだけおまえが大切なんだ……雅がいない世界なんて考えられない。 早く話したい、触れ合いたい。本当に好きなんだ……愛してる。戻ってきたら、真っ先に改めてプロポーズさせてくれ。」 いつもは動くことの無い彼の力ない腕がオレのの首に回ったのだ。普段の雅なら絶対にしないであろうその腕に、無意識の行動だろうが、オレはそれを甘うけして、そのまま唇を寄せた。軽く触れるだけのキスをする。 まるでどこかのおとぎ話のようにそのまま目覚めてくれないか?と思ったが、そう上手くはできていない。けれど、眠ったままの彼の眦からは涙が流れていた。 悲しい世界にいるのかもしれない。何も無く幸せな世界に精神だけがいたのかもしれない。けれど、いつまでも精神世界にいたら、身体がボロボロになって朽ちてしまう。 「おまえの全てをオレが受け止めてやる。」 彼の腕が力尽きて落ちるまで、そのままの体勢でいた。おかげでちょっと腰が痛い。 「……雅から自分で……」 「眠ってますから、無意識ですけどね……」 屈みすぎて少し痛めた腰を(さす)りながら彼の母親と微笑む。筋力の落ちた腕で、抱きしめてくれたことは嬉しかった。 「起きた時、近づいてみてくれませんか?」 と彼の母親が提案してきた。けれど…… 「術後なのに、暴れるようなことになったら彼が傷つきます。落ち着いてからの方が……?」 「私は母親ですから、あの子が心を許して甘えてると思うんです。でも、あんな状態になってから初めてなんです。自力で動いたのは……」 ――眸が似てる…… 彼と母子だけあって眸がそっくりだ。 オレはこの眸に弱い。 「……わかりました。もしものことがあっても、オレが絶対に静めます。」 ――こんなことならα用の抑制剤を持ってくるべきだったか? その時、コンコン、と部屋のドアをノックする音がする。彼の母親が迎え入れた相手を見て、お互いに出た言葉が「げっ」だった。 「なんで芸能人様がこんなとこにいるんだよ」 「おまえの姉さんが教えてくれたからだよ」 「だから、しつこく聞いてきてたのか……彼は俺の大学の後輩だから、たまに様子を見に来たんだが……今は眠ってるのか……」 「まさか、おまえ、雅を口説いたりしてないよな?おまえの好みのどストレートだろ……」 「悪いか?義兄弟になる予定だったんだ。妹の不貞でダメになったけどな……」 「……あの……依千花さんの……」 「……申し遅れました。藤沢依千花の兄の由多加と申します。αは受け付けない、ということで病室にお邪魔するのは初めてですが……その節は妹が大変失礼を致しました。」 「いえ……こちらは大丈夫です。この子の兄ももう、結婚して子供が1人産まれましたの。大変不躾な質問ですが、彼女のお子さんのお相手はわかったんですか?」 「いえ……依千花は頑なにそのことは言いませんし、実家で子供と暮らしています。」 彼の兄の元婚約者の兄というのが藤沢の立ち位置か……とその会話で読み取れる。 「大学の頃からα嫌いは有名だったんだよ。実のところ、ここまで悪化してるとは思わなかったけどな……今回は理由が理由だからな……」 「おまえは振られたってことか。ははっ」 「おまえはどうなんだよ。おまえだって惚れてるからここにいるんだろうが。」 「まぁな。でも、お生憎様。初めては美味しくいただいたよ。出逢ってすぐにわかったんだ。彼は『運命の番』なんだってな。うわっついたナンパと一緒にしないでくれ。」 「うわ〜っ、今の発言週刊誌に売れそうだな。彼のためにそれはしないけど、クリーンなエロ俳優が可愛いオレの後輩にお熱とは……絶対に幸せにしろよ?」 「誰に向かって言ってる。おまえこそ雅や妹さんみたいな特殊Ωの為の薬を早く完成させろよ?特殊Ωは期待してるんだから。」 「……なんで知ってんだよ!!」 藤沢が顔を真っ赤にする。 「あれだけでかい声で、そんなことを豪語してるのはおまえくらいだったからな。」 互いに嫌いあってたが、雅のおかげで初めてまともな会話ができた気がする。

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