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第38話

ずっと暗い、暗い暗闇の中を長く歩いてきた。 いつからかそこに光が見えた。その光を発しているのは嶺岸だ。両手を拡げて胸に飛び込んでこい、と言わんばかりの嶺岸が待っていた。 眩しいくらいの光にこの人は神様だったのか?と思うほどの後光がさしている。明るくて暖かそうな光……きっとあの向こう側には、明るくて暖かいに違いない。 道は二つに分かれている。光のある嶺岸のいる方向と、今までとおなじ暗闇だけのぽっかり口をかけているトンネルのような道…… その手を取ってもいいのか戸惑う。まだ、そこに辿り着くまで至っていない。分岐の手前で僕の足は止まってしまった。 「どうして、そこに樹がいるの?」 聞いても答えは返ってこない。ただ、微笑んでいるだけだ。狡い、なんで、そこにいるだけで恰好良いんだよ…… ――芸能人なんだから当たり前か…… 僕は長い……長いトンネルのようなところを歩いてきた。αの匂いがする度に怯えてきた。 でも、なんで嶺岸だけは特別なんだろ……? 嶺岸だってαだ。身をもって知ってるじゃないか……でも、なんだろう……嶺岸の匂いは落ち着く……僕は嶺岸の言う『唯一無二』になりたいのかな?お互いに『唯一』と『唯一無二』で気持ちは一致してるのに、何故、その手を取れないんだろ…… もう少し他人を信じてもいいのかな…… そう思う度にフラッシュバックするあの時の集団強姦(レイプ)…… 『イヤダ……タスケテ……ヤメテ……ナメナイデ……サワラナイデ……ヤメテ……イヤダ……シタクナイ……ミエナイ……ダレカタスケテ……ミエナイ……ダレナノ?……ヤメテ……イヤダ……ダサナイデ……タスケテ……』 それでも、愉悦に喘ぐ声は甘い。心の拒否と体の快楽とで、チグハグに分離されていく……暗闇の中に写ったその時のシーンが切り取られてスローモーションの映画のように流れている。 それがパリーンっ、と音を立てて割れた向こう側から、暗闇の中、ポツポツと歩いてきた1人の幼い少年に出逢った。その足取りはゆっくりで、何か気がかりなことでもあるのだろうか? 幼い男の子が目の前の僕に気づいて、顔を上げて、今にも泣きそうな笑顔を作って 『ボクがいたら、ママもボクもダメになっちゃうんだって。死んじゃうんだって。だから、ボクはママの命を助けたいし、それを望んでる人がいるんだ。だから、ママのお腹から出ていくんだけどね。また、ママのところに戻りたいけど……ねぇ、またママに逢えるかな?』 『……うん。大丈夫。きっと逢えるよ……』 『そっか。ありがとう』 と少年は満面の笑みを浮かべて未練を断ち切ったように走っていった。僕の向かってる方向とは逆の方向へ…… あの少年は誰だったんだろ……?でも、またママの元に行けるといいね……君はママを愛してたんだね。僕もいつか、あんなに愛らしい少年に出逢うことが出来るのだろうか……? 最期は切ないような微笑みを僕に見せてくれた少年。君のママは君を愛してなかったのかな? 僕の母さんはすごく心の強い人だったんだよ。でも、幸せだと胸を張って言える人生ではなかったんだ。それもあの父と兄の2人のαと僕のような面倒くさいΩを産んでしまったから…… 君のママはきっと大変な状態なのかもしれないね……原因はわからないけど、きっと、君を手放したことを悔やんでると思うよ。 2人ともダメになる……か…… 病気だったんだろうか? 可愛い子だったな。全く逢った覚えもないのに、どこか、懐かしく、暖かそうな心の持ち主だった。きっと彼のような子は強い意志をもって嫌なものは嫌、ダメなものはダメとはっきり言えるタイプだろう。 まだ、幼いが故に、母親からの愛が欲しかっただろう。けれど、離れなければならない、また、母親と会いたい……と健気な子だ。 彼の願いを叶えてあげたい、と思うものの、自分がその立場になったら、そんな気持ちになれるのかどうか自信がなかった。 この次に産まれてくる時は、両親にたくさんの愛情をもらうんだよ?僕が言うのもなんだけど、君にだって幸せになる権利はあるんだ。 君の次の人生に幸福があらんことを……

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