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第49話

僕の発情期は予想通りに来た。手帳に埋もれてたあの日付にズレていたのだ。 先手を打って抑制剤を飲んでおいて正解だった。やはり嶺岸や大山にはにはかなり敏感に香りを感じ取ることがあるようだった。 入院中というのもあり、少し強めの薬を出してもらったが、心配していた眠気は特に訪れず、香りも少し弱まった。もうひとつ強いのも試してみたけれど、日替わりで試していたので、効果は正確なものはものは出てないだろうが微かな眠気が来ただけで、普通に過ごせた。匂いは全く感じなかった、という。 かなり薬の効きが悪くなっていたのがわかっただけでも、この入院中にアレコレ試せたのは良かっただろう。 発情期が終わった頃、オフの嶺岸が終日つきっきりで歩行練習や筋トレなどに付き合ってくれる日を作ってくれた。下手に変装しても、逆に目立つから、と自分を隠しもしない。 週刊誌に嗅ぎつけられて、『嶺岸 樹 献身介護』と僕とのことが週刊誌に出てしまったが、僕の顔にはモザイクが入っている。Ωのチョーカーをつけてることで、スキャンダルになってしまったみたいだが、嶺岸はものともしない。 「いずれ『番』になるんだから、遅かれ早かれ書かれることはわかってたことだし、事務所も知ってるから、報道規制をかけなかったんだろうし、別に気にすることはないよ?むしろ、世間に知らしめることが出来て、悪い虫がつかないことの方が嬉しいね。」 「……報道規制かけたことあるの?」 「オレはないよ?先輩や後輩にはいるけど、オレは『唯一無二』が欲しかったからね。その辺の相手に手を出したりして本気になられても困るし……雅に出逢うまで、そんな相手はいなかったし、必要もなかった。」 片膝を折って手の甲にキスを落とされる。 「雅を一生、幸せにする。だから、『番』になってオレも幸せにしてください。」 ――リハビリルームで何してんの?この人…… でも、それが嫌じゃない自分と、周りからの視線が恥かしいわ、視線が痛いわ…… 「……はい。でも、正直いえば、場所には配慮して欲しかったんだけど?」 「証人がたくさんいる方が、オレとしては安心だからね。後になって『その話はありませんでした』なんて言われたら、立ち直れないよ?」 ――立ち直れないとかそんなタマじゃないだろ…… そのまま左手の薬指に冷たいものが滑る。指輪だった。 「オレとお揃い。生涯の誓い。ちゃんと番になった時は、また、違うのをあげるから」 「指輪はひとつで十分だと思うんだけど?」 「気持ちの問題。お互い男だから派手な装飾はいらないけど、婚約指輪のつもりだから。結婚指輪は別」 変なところが律儀というか、なんというか…… 公開処刑を終えて、ゆっくりとだが、何とか自力で歩けるようになってきたので、付き添ってもらって病室に戻ると、両親の姿があった。 嶺岸は僕をベッドへ座らせると父の方に向いて 「初めまして。嶺岸 樹と申します。」 「初めまして。雅の父です。あなたのことはテレビでよく拝見しておりますので、一方的に存じてはおります。単刀直入に伺いますが、貴方ほどの人気俳優が何故、雅なのでしょうか?他にも同じ業界の方とかいらっしゃるでしょう?何故雅を選ばれたんですか?」 「お父様は『運命の番』を信じていらっしゃいますか?私にとって雅さんは『唯一無二の運命の番』だと信じて疑いません。それが理由です。出逢った瞬間にわかりました。」 「……そうか……雅もそれを受け入れたんだな。『運命の番』には抗えない。それは私もαであるからわかってるつもりではいるよ。けれど、私の妻はβだ。だからって運命の番を求めたわけじゃない。純粋にこの人だ、と思ったから結婚を決めた。そして彼女も受けて入れてくれた。私たちは、雅が特殊Ωとして生まれてしまったこと以外は幸せな家族だと今でも確信しているよ。特殊が故に、私やこの子の兄の前で発情期を過ごせなかっただけで、私だって、抑制剤の効く子だったら、その時期だけ離れなければならないなんてことは無かった、と思ってる。その分、妻には負担をかけてしまったが、大切な子供であることには変わりありません。どうぞ、雅をお願い致します。けれど泣かせるようなことがあったら何時でも別れさせますし、雅も帰ってきなさい。」 父の言葉を唖然としながら聞いていた。 母が離婚をしなかった理由、父はあれでも家庭を大事にしていたのか…… 「雅さんを泣かせるようなことも、実家に帰らせるような真似もしません。一生をかけて大切にします。雅さんのいない人生なんて、もう考えられません。今回の件で、僕は初めて犯人のひとりを殴りました。今でも、そいつらの顔を忘れたことはありません。二度と一緒に仕事をさせる気もありせんし、社会的抹殺にも手を回しています。このようなことも二度とないように、したいと思います。」 さすがの父もそこには引いたようだ。少し引き攣った表情をしながら何とか言葉を紡ぎ出した 「……頼もしいね。雅と一緒に仕事をさせないだけでいいんじなないかな?その人たちだって家庭もあるだろうし……」 「私は雅を失いかけた事実に腹が立ってますので、個人的な怒りの制裁を、と思っています。決してご家族にはご迷惑をおかけしません。安心してください。」 そういうと、悪い顔で嗤う。 ――こいつだけは敵に回したくない…… その場にいた全員が思ったことだろう……

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