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第54話
「フッ、フッ、フッ、ハッ……」
出産の呼吸の『ヒッヒッフー』みたいだが、これは違う。変な触られ方をしてる所為で、いつもと呼吸が変わっているだけで……
荒い息を繰返す僕に顔にキスを落としながら、
「……どう?気持ち悪くない?」
「……ない……気持ち……イィ……樹じゃないと嫌だ……樹が……イィ……」
「そういう可愛いこと言ってると、手加減出来なくなりそうなんですけど?」
「……頭が……真っ白になるくらい……に……して……ほし……」
それは事実だった。あの記憶を上書きして欲しい……そう思う。この嶺岸の気持ちは本物なんだと信じているし、それだけの行動もしてくれている。滅多に出逢うことの無い『運命の番』
なのだとあの少年が証明してくれた。
――僕は彼を産まなくてはならない……
まだ、1年弱先の話になるけど、嶺岸の子供を身籠り、男の子になるか、女の子になるかわからないけれど、あの子はまた、僕のところに来てくれる。父親は嶺岸だと……
彼の魂は僕を選んでくれていた。それに応えなければならないと自分で思う。
「……雅……動くよ……?」
樹も感じている声で耳元で囁かれる。『アッ』とその声に感じてしまい声が出てしまう。
――ムダにいい声なんだよ……もう!!
「前みたいなやり方でいい……気は使わなくていいから……じゃないと、僕が上に乗るよ?」
「それじゃオレが我慢できそうにないから、今度してもらう。雅のご希望通りにさせてもらうよ?我慢はしないからね?」
ふと柑橘系の香りがふわりと鼻腔を擽る。
前と一緒でいい、とは言ったけど、なんでヒート状態にはいるの?
「……あ……あ……ど……して……」
「我慢しなくていいんでしょ?誰かさんは半年も
意識なくしてるし、やっと退院してからもお預け食らってたから、ただの生理現象」
「……僕まで……巻き添い食らうじゃんか……」
「雅が外に出れない口実にもなるし、医者には行ったばかりだ。ちょうどいいじゃん」
「母さんが来たらどうすんだよ……あぁん……」
乳首に吸いつかれ、声が上がる
「弟か妹ができるんじゃない?」
「……そんな歳じゃ……あん……ない……」
――やばい……引き摺られる……
途端に強く甘いユリの花の香りがブワッと寝室中に広がる。首元に鼻を寄せて
「……この匂いが堪らなく好き……」
強くて甘いカサブランカの香りが寝室に広がり自分でも苦しいくらいの香りだ。樹との香りと合わさっても、何故か甘いフルーツのような香りに変化する。
「本当は今すぐにでも噛みたい……オレのものだって証を残したい……でも、まだ我慢する……まだ、妊娠できないもんな……ゴムをつけたって、それじゃ雅が辛い思いをするだけだし……」
そう……ヒートを治めるには精液が必要だ。でも、前の時は妊娠してしまった……妊娠しないという保証はない。が、前回の樹とのヒートでは妊娠はしなかった。
「愛してる……世界中の誰よりも……」
その言葉が一生続けばいい……
けれど、どんなにその誓いを交わしても、生涯をただ1人で過ごす人間がどれだけいるのだろう……?父の浮気で泣いてきた母、兄の僕への執着で気を使ってきた母、結婚式で永遠の愛を誓ったのに、別れてしまう夫婦……
将来を悲観はしない。けれどヒートの苦しみでだけは死にたくない……
――今だけの愛ならいらない……永遠の愛を誓ってくれるなら、僕は全部を貴方にあげる……
強く揺さぶられる中で、僕はうっすらとそんなことを考えていた。
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