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第57話

「おはよう」 語尾にハートマークでも着いてそうな甘い声でゆっくりとあげたまぶたの目の前には、今をときめくイケメン俳優、抱かれたい男1位の爽やかな眩しい顔があった。 ――スッキリした顔しやがって…… 「……遅漏……」 「おはようより先にそっちかよ?まぁ、早漏よりはいいだろ?お互いにたっくさん気持ちよくなれるじゃないか。」 「……他の相手の時は、気持ちよすぎて早漏だったことってある?」 「はぁ?雅に童貞捧げたのに、ほかなんか知るわけないじゃん。処女と童貞でも相性バッチリだったね!」 ――クッソ、引っ掛からなかったか…… 「……αのフェロモンだって……」 簡単に出したじゃないか…… 「αの保健体育ってさ、そんなこともさせられる訳よ。希少なΩを番にするために。でも、オレ、本当に嫌いだったんだよね、その授業。教室中、αくせーし、Ωに何かあったらどーすんの?とか思ったり。でも、受けておいてよかった。雅だけは誰にも渡したくない『唯一無二』をやっと見つけた……と思ったから、かなり焦ってた。最初に逢ったあの時、雅は発情期じゃなかったんだろ?でも、オレにはあの大好きな優しくて甘いユリの香りがあの会議室に充満してたんだ。運命以外に何?って思ったよ。最初はオレが誘発したように思っただろうけど、引き摺られたのはオレの方。会議には集中出来ないわ、撮影には集中出来ないわ、で苦労したわけだ。だから早くオレのモノにしたかった。 ちなみに昨夜のはオレが誘発した。授業が役に立った訳だ。雅はあの時より強い薬を飲んでるからね。ある意味ギャンブルだったけど、『運命の番』だからかな、効いてくれて良かったよ。胸糞悪かった授業に初めて感謝した。」 初めて聞いた……発情期まで1ヶ月以上あったはずなのに……やっぱり前の薬には耐性が出来ていたようだった。発情期でもない他の人間が気が付かない自分のフェロモンが樹相手だと、全く通用してなかったことになる。しかも、会議室に充満してた?!それを樹だけが感じ取っていた……考えようによっては怖いことだ。 …ちょっと待てよ?あの時会議室の出入口で佇んでたのは匂いを嗅いでいただけ……なのか? ――他に鼻のいいαがいたら、他のαにも口説かれていたのだろうか? あの時はヤケになってた部分も確かにあった。他のαのことも考えたりしていたけど、先に樹を知ってなかったら、あの時目隠しをされていて気がつかなかったけど、僕を番にしたいと言っていた男と結婚してあの子を産んでいたのだろうか?結果論になにを足しても引いてもなにも出てこないことはわかっている。 でも先に樹を知ってしまっていたが為に、その『運命の番』について知ってしまっていたから、怖いだけの行為になってしまった。 それ以前に集団であんなことをされること自体が犯罪であり、誰だって恐怖に怯えることは間違いないと思う。よほどの好きものか、そういうプレイが好きな人ならともかく、通常の神経を持っている人なら、まずはトラウマになることは間違いないだろう。 実際、僕は未だに樹以外のαには恐怖感が拭えない社長はリモートでのやり取りの限りでは大丈夫だが、テレビに映るαでもたまに発作がでるのだ。ガタガタと震え出してしまう。 このままではいけないのはもちろんわかっている。樹は面白がっているのか、そのままでいいと言う。そのまま軟禁状態にする気満々なのが見え隠れしてるところが狡いと思う。 「あ、今日、オレは仕事入っちゃったけど、なんかあったら、すぐ電話して?ただでさえ発情(ヒート)状態になったら呼吸困難を起こすくらいだからね……番になってれば、オレがそばにいない限り大丈夫だとは思うんだけど……とにかくなんかおかしいとかヒートが来そうな時は電話でもRINEでもいいから連絡して?」 「わかったから……ほら、早く支度しないと遅刻するよ?僕の所為で遅刻なんて洒落にならないからね?」 「なるべく早く帰ってこれるように努力する。」 「うん、頑張ってね」 ――恥ずかしい……でも、これがずっと続いていくんだろうな…… と漠然とそんなことを思いながら、樹を仕事に送り出した。

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