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第61話(玉妃目線)

「……全く……いい表情(かお)しやがって……」 つい本音が漏れる。幸せオーラが出まくっている。あの嶺岸が本気で惚れていることがよくわかる。雅くんもα恐怖症でなければ、外出もできるのだろうが、嶺岸以外は受付けない、というのだから、彼も『運命の番』であることを本能で理解してるのだろう。あの事件の後の嶺岸の献身ぶりはマスコミも嗅ぎつけたものの、当の嶺岸は飄々としたものだった。 あの御曹司は気に食わないが確かにΩと言っても良いほどの童顔だ。まぁ、αの男という時点で好みではないが。 αのハイスクールでは嶺岸とは先輩後輩でありながら、嶺岸はそれを知らない。すでに芸能界にいた嶺岸は同じ学校にいる、と言うだけで目立っていた。 アレだけ目立つヤツが入学してきたら確かに目立つ。けれど浮いた噂は出たこともない。『唯一無二の運命の番』が現れるまで、交際相手は作らない、と宣言していたらしい。 そんな嶺岸が選んだ運命の番は可愛らしい特殊Ωの青年だった……私の大事な那恵までもを陥落させていたとは思いもせず…… 嶺岸のハイスクール時代を知ってるヤツらはさぞかし驚いてることだろう。まだ、世間には顔までは出回っていないものの、あの『嶺岸 樹』が選んだのは、Ωだが、それほど年齢も変わらない社会人である青年だ。どれだけの美女が射止めるのか、と話してたことを思い出すと、ふと思い出し笑いをしてしまいそうになる。 まさか、男性Ωと結ばれることになるとは…… しかも特殊Ωで、Ω(だけではないが)の男嫌いの私でさえ欲情させるほどの花の甘い香りをつけていたのが那恵だった、というのも加わって歯止めが効かなくなった。息も絶え絶えな那恵の乱れた姿が愛しくて仕方なかった。 けれど、あの日、那恵がつけてきた彼の発情(ヒート)の匂いに欲情したのは確かだった。あの匂いと那恵が合わさって、私はヒート状態に入った。那恵も匂いに酔って私のところに来たこともあの匂いでわかった。 嶺岸はスムーズにスチールの撮影をしていたが、たまにソワソワしたような表情をするのは発情状態の番の子……雅くんを心配してるのだろう。『唯一無二』と言うだけあって、宝物のように大切にしている、ということも那恵から聞いて知っていた。知ってたはずだった。 きっかけはたまたま那恵たちが企画したCMの説明会の時だったらしいが、あの誰にも(なび)かなかった嶺岸からの猛アプローチをして、やっと頷いてもらったようだが、私が那恵にかけてきた時間に比べたら些末な時間だ。 ただ、あの男が猛アプローチをしても簡単に靡かなかったという部分は笑える。 それを簡単に奪おうとすることも許せないし、那恵をちゃんと管理してなかった自分の落ち度でもあるという自覚はある。だから、那恵に打診したのだ。 ――一緒に暮らさないか? と。那恵の返事は『子供を作るとなったらとは考えていたけど、今すぐ……って考えてなかったから……』と歯切れの悪いものだった。 ただ、前向きに考える、とは言ってくれたけれど本心はわからない。お互いに時間がすれ違い気味だからこそ、少しの時間も大切にしたいと思う気持ちと、まだ遊び足りない那恵との気持ちのすれ違いなのだろう。けれど、手を出した相手が悪い。もう腹を括ってもらうしかないとも思ってる。 全ての事情を説明した上で、那恵がどんな返答をするかはわからないが、那恵は‪α‬でもΩでもない。人類の中で1番多く存在するβだ。 うちは‪α‬の家系だが、次女の姉だけがΩとして生まれた。特殊Ωではなかったが、薬が躰には合わなくて、フェロモンを抑えられても、体調が悪くなることで、発情期は学校も休みがちだった。そんな姉の妊娠がわかったのは社会人になって1年目のことだった。 相手は宮日グループの御曹司のひとりだった。宮日の家は母親以外は‪全員αの男兄弟4人。うちは女ばかり5人の姉妹だ。そのうち次女の茅妃(かやひ)だけがΩとして生まれてきた。 結婚も番の契約すら妊娠がわかった途端に解除されても、何とか‪α‬の男の子を出産したのだが、宮日の三男……相手の男に取られてしまった。Ωであるが故に、1人で出産した姉には養えるだけの力がないと判断され、親権は‪α‬である父親に取られてしまった。 悲しみに打ちひしがれた姉に魔の手を伸ばしたのはその弟である賢祐だった。

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